Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【一部医療関係者向け】大麻について

 久々の更新です。忙しいのに加え、完全にネタ切れでした。でもネタを思いついたので更新することにしました。先に予告しますが、今後記事のネタにしたい項目は2つあります。

 大麻について

 ウルグアイに続き、カナダで大麻が合法化された事が話題になっています。これについて、医療の観点と, 社会的な観点(なぜ合法化に至ったのか等)から自分なりにまとめてみようかなと思います。

カナダで大麻解禁、先進国初 ⇒ 外務省は邦人に注意喚起「手を出さないで」 | HuffPost Japan

 ②中東情勢について

 サウジアラビア政府が、批判的な自国のジャーナリスト、ジャマル・カショギを殺害した疑惑が浮上しています。以前から中東情勢全般につき、思うところがあったので可能な限りまとめてぶちまけたいと思っています。

失踪記者、サウジ総領事館内で斬首か…生きたまま切断との情報も 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

 今日はまず、大麻に関する話題を取り上げます。なお、医療に関連した情報は、"UpToDate"を元に書きました。

 

(1) 大麻の健康への影響

1. 疫学的な話

 2016年のデータではありますが、世界中で1,310万人が大麻を使用していると推計されています。大麻の使用と、重篤or慢性的な疾病, 或いは疾病による死亡の関連性を調べる研究は複数行われていますが、正直なところ関連性は見出されていません。以下、過去におこなわれた研究を挙げます。

 ① 19の研究データに対するsystematic review

多量の大麻の使用(heavy cannabis use)と健康被害の関連性を示すことはできませんでしたが、致死的な交通事故との関連性は示されています。

 ② 2016年のスウェーデンの研究

50,373人の徴兵された市民(18~19歳)を40年にわたって調査(コホート研究)した結果、heavy cannabis use(50回超)と全体的な死亡率に少しだけ関連性があると示されました(hazard ratio 1.4, 95%CI 1.1~1.8)。また、heavy cannabis useと関連性がある死因は感染症, 心血管系疾患, 原因不明の外傷の3つで、これらは18~19歳時の大麻の使用容量と関連性を示しました。

 ③ 米国の研究

3,124人の若い成人をランダムに抽出して13年にわたって追跡調査した結果、大麻の使用(月4回以上)と健康状態の悪化(自己申告による)に関連性は見出せませんでした。

 ④ 電子カルテを用いた研究

大麻使用障害と2010年の段階で診断された患者2,752人と、そうでない患者2,752人を5年にわたって追跡した結果、大麻を使用している患者の方がそうでない患者の2倍、救急外来を受診, ないし入院する傾向が見られました。

2. 大麻使用障害

 『大麻使用障害』という疾患名(診断名)も現に存在します。大麻の使用を継続することにより日常生活に支障を来している状態のことで、具体的には、① 学業や仕事に不調を来したり, ② 以前は楽しんでやっていた活動を放棄したり, ③ 危険な状況で大麻を使用したりといった症状を呈します。大麻使用障害の特徴は、家族らの証言や尿検査等で陽性と出ているにも関わらず、患者が大麻使用による問題を否定することなのだそうです。

 DSM-5に診断基準が載っているので、一部抜粋します。

1. 思っていたよりも大量の, ないしは長期間にわたって大麻を使用

2. 大麻の使用を中止, ないし減量しようと思っても失敗している

3. 大麻の入手, 使用, そして大麻の効果から回復することに長時間を要している

4. 大麻を使用したいという強い欲望

5. 大麻使用の繰り返しによって仕事, 学業ないし家事ができない

etc.

アルコール依存症と似たようなものなのでしょうね。

3. 大麻による急性中毒

 大麻の成分にはdelta-9 tetrahydrocannabinol (THC) というものがあるそうです。思春期の若者と成人の場合、2~3 mgのTHCの吸引, 或いは5~20 mgのTHCの服用は注意力・集中力や短期記憶を障害します。7.5 mg/m2(つまり高用量)の摂取は吐き気, 起立性低血圧, せん妄といった症状を来します。

 小児の場合、大麻成分が濃縮された食品の摂取による事故が頻繁に報告されています。小児が5~300mg(推定)を経口摂取した場合、傾眠傾向, 失調, 言動の変化, 昏睡, 呼吸抑制, 四肢の過活動etc.と症状は多岐に渡ります。摂取してしまった用量が多いほど、症状も重篤化する傾向があります。

 急性中毒の症状をまとめてみますが、小児と思春期・成人では呈する症状が異なるので注意が必要です。

小児:  傾眠, 多幸感, 易刺激性, 頻脈(徐脈の場合もある), 血圧上昇, 眼球充血, 散瞳, 失調, 眼振など。高用量の摂取では、呼吸抑制+昏睡をきたすこともある。

思春期・成人:  頻脈, 血圧上昇(高齢者では起立性低血圧), 頻呼吸, 眼球充血, 口腔乾燥, 食欲亢進, 失調, 不明瞭な言語, 眼振など

 

(2) 社会的な側面

 依存症になる, 過剰摂取すれば重篤な症状が出る, 使用後の運転は極めて危険という点では酒やタバコと似たようなものとも言えます。いずれにせよ、大麻も厄介な存在ですがなぜ合法化する国家が出現したのでしょうか?

 ここで、その背景を理解するに当たって一助となり得る書籍があるので紹介しましょう。

『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』著者:  トム・ウェインライト, 出版社:  みすず書房

 米国では2014年に一部の州で合法化されるまで、大麻は違法とされていました。それでも米国人の4割がマリファナの経験歴ありと答え, 年間3000トン以上のマリファナが米国内で消費されるなど、大麻の需要は膨大なものでした。それを満たしていたのは、違法ルートであることは言うまでもないでしょう。長年、メキシコからの大麻が圧倒的なシェアを占めており、これによって悪名高い麻薬カルテルが潤っていたのです。

遺体満載で異臭騒ぎのトレーラー、メキシコ各地から行方不明者家族集まる 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

メキシコ、腐敗進む地方警察を武装解除 犯罪組織が浸透(1/2ページ) - 産経ニュース

 そんな現状に楔を打ち込む試みが、大麻合法化だというのです。いったいどうゆうことなのか、『ハッパノミクス』を引用しつつ説明していきます。

 まず、大麻が違法とされている州ないし国では、バレないように郊外や田舎でひっそりやるしかないのです。そうなると、屋内栽培という手段も多用されるのですが、この場合照明が必要で電力を喰う点がネックとなります。例えば、一軒家を隠れみのにして大麻を栽培している場合、不釣り合いな電力消費量をきっかけにして警察や強盗に尻尾を掴まれるリスクがあるのです。加えて、違法な産業に保険は掛けられないし、強盗に入られても警察に通報することができません。

 一方、合法化してしまった場合、大麻の栽培はおおっぴらにできます。従って、大企業が巨大倉庫を整備して大麻を屋内で効率的に栽培するという状況が米国内で見られるようになりました(当然、犯罪や天災に備えた保険も利く)。更に、米国内では違法となっている州から合法化されている州へ大麻を買いに行ったり、合法化されている州から違法な州へ大麻を郵送してもらったりする事例すら報告されています(当然違法なので、検問等でバレれば没収や逮捕)。

 こうして麻薬カルテルは、合法化された大麻産業というライバルを抱える結果となったのです。この事態に対し、カルテル側は値下げで対応しています。米国コロラド州の場合、医療用大麻は1 gあたり11~15ドル程度・嗜好用大麻は1 gあたり16~20ドル程度です。これに対し、米国内の違法大麻の平均価格は1 gあたり約15ドルで、大量購入によってもう少し安くなるのだそうです。しかしながら、品質では合法化産業側が優っており、違法大麻THC含有量が平均7%なのに対してコロラド州産の合法大麻THC含有量は20%を超えるものが多いのです。しかも、メキシコのシンクタンクの分析によると、メキシコ→米国内の大麻が違法な州の輸送コストが、米国内の大麻合法州→米国内の大麻違法州の輸送コストに比べて割高となっているのです。

 大麻市場に合法企業が割り込んだことで、麻薬カルテルによる独占体制が揺らぎつつあるのです。そして麻薬カルテルの弱体化は、連中の暴虐に怯える市民から(時間はかかりますが)脅威を取り除くことに繋がるのです。