Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

オバマケアの話

 随分前、本ブログで『炎と怒り』を紹介し、トランプが「オバマケアを廃止すると言っていたが、具体的な策はなく、そもそも保健医療政策を分かっていない」というエピソードも紹介しました(下記リンク)。今回はその動きが具体的にどんな経過をたどっているのか、New England Journal of Medicineにまとめた記事が投稿されていたので、その内容を(ざっとですが)書いてみます(参考文献; 'The Republican War on Obamacare - What Has It Achieved?' Oberlander J. N Engl J Med2018:379;8:703-705)。

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 まず最初に、オバマケアには正式名称があり、Affordable Care Act (ACA)と呼ぶのだそうです。皆様もご存知かとは思いますが、ACAは当初より共和党の強い反対を受けていました。彼らは「過剰な支出・課税・再配分・規制や個人の自由の侵害である」と主張し続けており、これのせいで(ACA自体の欠陥も一因ではありますが)ACAへの一般市民の支持は弱くなりがちだったのです。しかも、共和党がACAの施行を妨害したことで、メディケイド(身体障がい者低所得者向けの公的保険制度)の掛け金増額と, 加入者の減少が生じたのです。このような状況が、2016年の大統領選でのトランプの勝利に貢献した可能性を筆者は指摘しています。

 しかし、"repeal and replace(廃止して置き換えよう)"をスローガンとする共和党の反ACA運動は、うまくいっているとは言い難いのです。事実、共和党連邦議会で多数派を獲得しているのも関わらず、ACAは未だ健在です。

 その原因は、①共和党の反対運動のせいでACAの人気が高まってしまった, ②共和党内の意見対立, ③共和党にそもそも代替案が無い, の3つであると筆者は指摘しています。

 例えば、2012年に最高裁判所は各州に対して、図らずしも「メディケイドの拡張は強制ではない」という判断を示しました。その結果、州知事共和党, ないし共和党が州議会で多数派を占める17州でメディケイドの拡張を実施せず、結果として数百万の低所得者が無保険になりました。しかしながら、それ以外の共和党優位の州はメディケイドを拡張しており、共和党州知事の中には、連邦予算のメディケイドへの支出を減らそうとする連邦議会の動きに反対する人すら居たそうです。

 地方でこのような動きも見られる反面、ワシントンDCではACAを改善しようという超党派共和党民主党の垣根を超えた)の動きは見られず、共和党はACAの改善よりも廃止に固執しています。そんな状況で、連邦議会中流階級の米国市民がACAの保険に入りやすくするための助成金の調整といった有意義な修正案すら可決できていません。そればかりか、連邦議会で多数派を占める共和党は「保険に加入しないと罰則を受ける」という規定を廃止しました。この動きは保険の掛け金を増額させてしまい、その結果保険未加入者の増加と, ACA保険市場の不安定化を招きかねないというデメリットがあるのです。

 そんな中、トランプ政権は保険市場を『爆発させ』、保険の加入者を減らすためのさらなるステップを踏んでいます。例えば、保険会社は低所得者に医療費自己負担削減を行わなければなりません。保険会社はその損失を連邦政府からの払い戻し金で補えていたのですが、トランプ政権はこの払い戻し金制度を廃止しました。これに対して、保険会社と州は回避策を講じることで、助成金を受けている保険加入者を掛け金の増額から守り, 尚且つ一部の人ではあるものの、より包括的な填補範囲を持つ保険へ入れるようにしたのです。しかしながら、トランプ政権はそのような回避策すら禁止しようとしています。

  更に、トランプ政権は個人消費者向けの短期保険プランの拡大を提案し、最近では個人事業主向けの協会保険プランを支援する規定を完成させました。これらの保険プランはACAの保険に対する規制の多くを免除されているので、保険の填補範囲が狭く, ACAの規制通りの保険より掛け金が安いのです。掛け金の安い保険は健康な加入者を引きつける為、ACAの保険市場には健康リスクが高めの加入者(例えば、心筋梗塞脳卒中の既往歴がある加入者)が多くなってしまい、しかもこれらの加入者は高い掛け金を払わないといけないのです。

  ACAとメディケイドの廃止/縮小に失敗した政権は、上記のような規制緩和という道に逃れており、『オバマケア廃止』という目的は放棄してしまっているのです。

  なお、Centers for Disease Control and Prevention(米国疾病予防センター)は、2017年に保険未加入者の数は2860万人から2930万人へ増加したと報告しています。更に、連邦議会予算委員会(Congressional Budget Office)は、保険未加入者への罰則の廃止とそれによる掛け金増額のせいで、2021年には保険未加入者の数は3500万人まで増加すると予測しています。ACAの廃止自体は『成功』していないとはいえ、ワシントンDCの失策/不手際は米国民の健康に重大な影を落としていることは間違いないのです。

  論文の終盤で、筆者はこう指摘しています。「今や数千万人もの米国市民がACAの受益者(保険金受取人)であり、彼らの保険填補範囲と消費者保護策を廃止する事は困難である。影響力のある政党として、共和党は今やオバマケア問題に対し責任を負っているのだ。以前であればACAに反対することは共和党にとって政治的に有益であったが、ACA反対に固執すればいずれ代償を払うことになりかねない。」

  日本のメディアは米国の情勢すら、さほど細かく報道してくれない印象を受けますが、この論文は共和党・トランプ政権のオバマケアへの対応,及び迷走ぶりを把握するに当たって大いに参考になりました。