Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

医師に求められる能力・資質を考察する

  医療関係者のブログやSNSを見ていて、疑問に思ったことがあるので、今回はその話をしてみたいと思います。

  ある医療関係者の方がブログにて持論を展開されており、その中で「医学部入学後に求められる能力は、論理を理解できる『天才型』というより、寧ろ必要事項の暗記がしっかりでき、メンタルも強い『努力型』の方だ」という感じのことを仰っていました。

  確かに、医学部在学中の試験対策においてはこのパターンが成功の定石でしょう(医学部の定期試験や卒業試験の出題内容は、各講座の教授・教員の好み[専門とする疾患など]が強く反映され、学生らはある程度ヤマを張ることも可能です)。しかし、これからの医師国家試験, そして何よりも卒後の実臨床が単調な『暗記』や『精神力』だけで乗り切れるとは思えないのです。

  まず、医師国家試験の出題内容ですが、私が卒業した2010年代から国家試験対策予備校の講師らが度々、「これからの出題内容は、受験者が病態生理を理解して論理的に答えが導き出せるか試す内容にシフトして行く」と指摘しています。そもそも、医学・医療というものは解剖学や、人体の生理学等の膨大な情報を覚えないと始まらないのは事実ですが、各疾患の症状や治療選択肢と、人体の仕組み・構造の関連性を体系的に理解していなければ正解できない出題内容に国家試験が変わっていくのです。

  実臨床が教科書通りに行かないという事は、もはや言うまでもないでしょう。例えば、教科書上、髄膜炎の症状は「頭痛, 髄膜刺激兆候(項部硬直・Jolt accentuation陽性),意識障害」などと記載がありますが、私自身「頭痛・微熱はあるものの、自分で歩いて来院し元気そう。項部硬直ははっきりしない。しかし腰椎穿刺をしてみたら脳脊髄液所見は髄膜炎だった」という患者さんをこれまで2-3回は経験しています。

  その上、臨床研究等により常に新しい知見が得られており、数年ごとにガイドラインは更新されています。従って、ここでも最新の知見を把握し頭に留めるプロセスは重要となります。それに加え、目の前の患者さんの治療が全例ガイドライン通りにやって上手く行く訳ではありません。以前も本ブログで言及していますが、脳梗塞の血管内治療の適応はガイドラインに「発症6時間以内」と記載されています。しかし、発症後6時間を超過(もしくは、いつ発症したか分からない)した脳梗塞の患者の中に、神経症状と画像上の脳梗塞病変の範囲に乖離のある患者が見られたので、「これは血管内治療で血流を再開させれば、救済できるのでは?」と考えた医師らが治療を実行して症例を報告し、規模の大きい臨床研究まで行なって検証を行った結果、『仮説』が実証されたという実例もあります。

  つまり、現実の医療・医学は教科書・ガイドラインの丸暗記だけでは目の前の患者さんの経過を好転させられない場合もあるのです。教科書・ガイドラインに書かれている事は、語弊があるかもしれませんが『これまで得られたデータの蓄積』・『古いもの』なのです。ひたすら『過去の知見』だけに基づいて診療を行っていたのであれば、新しい治療法の開発や平均寿命の延伸, 乳幼児死亡率の改善等は起こり得なかったでしょう。

  医師には本来、体力的にきつい状況をしのぐ精神力や, 重要事項を長期的に頭に留める暗記力だけではなく、各患者の状態と最新の知見の両者を比較・検討して治療に反映させるような柔軟で合理的な思考力が必要だと思います。医学部入試や各病院の採用・人選も、これからはむしろ上記のような要素を重視したものにシフトする事が望ましいでしょう。