Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

東日本の某県に勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

本の紹介(3); 『銃・病原菌・鉄』

 こんばんは。久しぶりにブログ更新します。ネタ切れも否定できませんが、本業が忙しく滞りがちです。今日は最近読んだ本を紹介します。

『銃・病原菌・鉄(上・下)』 著者; ジャレド・ダイアモンド 翻訳; 倉骨彰 草思社文庫

 皆さんも、学校の歴史の授業で「○○の乱」とか「●△文明」とか「□□朝」とかを覚えさせられた記憶があるでしょう。しかし、歴史の授業で例えば、「スペインは南米のインカ帝国アステカ帝国を征服したが、なぜ逆が起きなかったのか?」という理由まで教わりましたか?この本は、そんな感じの疑問にエビデンスを用いてちゃんと答えてくれます(なお、言うまでも無いですが「南米の先住民が欧州の白人に対し『人種的に劣っていた』から」という答えは完全に不正解です)。

 スペイン王の家臣フランシスコ・ピサロは1532年に、166人の兵士で8万人のインカ帝国軍と対決し、その多くを殺傷した上にインカ帝国皇帝アタワルパを捕らえました。どうしてこのようなマネが出来たのでしょうか?直接的な要因は以下の通りです。

① 鉄製の槍・刀・鎧・銃で武装していた。

 他方のインカ帝国は、青銅や石・木で作った棍棒武装し、鎧は刺し子(金属ではない)です。

② 騎兵がいた。

 アメリカ大陸に馬が入ってくるのは、欧州の白人が入植してからです。騎兵は機動性において歩兵を圧倒しました。

③ スペイン人が事前に天然痘を持ち込んでいた。

 インカ帝国があったペルーにピサロらが上陸する前、スペイン人はパナマとコロンビアに上陸しており、その際天然痘も持ち込んだのです。免疫のない先住民の間で天然痘は大流行し、インカ帝国に政情不安をもたらします(1526年に皇帝ワイナ・カパックが天然痘で死去。その後継者も同じく天然痘で死亡したことから、後継者争いが勃発していた)。そんな状況下でピサロがやって来てしまったのです。

インカ帝国に文字がなかった(そのため、情報の伝播も限定的)。

 ピサロ上陸以前の1510年に、インカ帝国国境からたった960キロメートルの地点であるパナマに上陸したスペイン人は中米を侵略しましたが、そこにあったアステカ帝国はごく一部のエリートを除いて文字が書けませんでした。よって中米からインカへスペイン人の侵略について警告する情報は伝播しなかったのです。

 他方、欧州は文字・書物が普及し、外国探検等に関する情報を手に入れる機会が多かったのです。ピサロ自身は読み書きが出来なかったのですが、側近らがアステカ帝国征服の経緯に関する情報を書物を介して入手し、実戦に活用したのです。

 同じホモ・サピエンスなのに、なぜ大陸が違うだけで①〜④のような差が生じてしまったのか?」という疑問を解決していくのがこの本の命題なのです。私は安易なネタバレをしたくない人間なので、詳細への言及は避けますが、地理的・気候的な障壁が関与したのです。

 人類が誕生したのは紀元前700万年とされており、ホモ・サピエンスがアフリカから出たのちヨーロッパ・アジア大陸に至ったのはそれぞれ紀元前50万年頃・紀元前100万年頃です。そしてシベリアを経て(シベリア到達は紀元前2万年頃)、ベーリング海峡を渡ってアラスカに至るのが紀元前1万2千年頃, 南米大陸南端に至るのが紀元前1万年です。このタイムラグが問題なのです。アフリカやユーラシア大陸の大型哺乳類は、ホモ・サピエンスやその他の人類(ネアンデルタール人など)によって長年狩猟の対象となっていたので、人類を恐れることを学習しています。他方、米大陸の大型哺乳類は人類を見たことがないので、逃げようとすらしません。約1万5千年前の米国西部にはゾウ, 馬, ライオン, オオナマケモノといった大型動物が生息していたのですが、紀元前1万1千年前頃には絶滅しているのです。気候変動説も唱えられていますが、人類により狩られて絶滅してしまったと考えられるのです。

 これが何を意味するかと言うと、ユーラシア大陸の人間は大型野生動物の中から家畜化可能な種を見出し、家畜にしました(馬, 牛など)。一方、大型動物が大量絶滅してしまった米大陸の人間は家畜を手に入れる機会を失ってしまったのです。

 これ以外にも、様々な要因がこの本で究明されています。面白く、勉強にもなるので是非ご一読下さい!