以前、脳梗塞の治療について総論的な事をまとめてみましたが(下記リンク参照)、新しい知見が出ていたようなので、今回はそれを紹介してみます。今回参考とした論文は'MRI-Guided Thrombolysis for Stroke with Unkown Time of Onset' Thomalla G., Simonsen CZ. et al. N Eng J Med 2018(2018年5月16日発表)です。
(1) Background
脳梗塞のうち、14~27%は、睡眠中に発症する等して発症時間が不明となってしまいます。そのような患者はt-PAの適応とはならず、場合により機会的血栓回収術が行われます。
脳梗塞の画像診断には、CT(単純及び造影)が有用ですが、状況によりMRIが用いられます。MRIの拡散強調画像(DWI; diffusion-weighted image)にて脳梗塞は高信号を呈しますが、FLAIR(fluid-attenuated inversion recovery)上でその領域に高信号病変が見られない場合は、発症後4.5時間経過していないと考えられています。
(2) Research Question
この臨床研究は'WAKE-UP trial'と命名され、発症時間が不明な脳梗塞患者でMRIを撮影し、DWIとFLAIRのミスマッチがある場合にt-PAを投与して治療効果があるか検証しています。
(3) Study Design
この研究は複数の施設が参加した、二重盲検ランダム化研究であり、コントロール群にはプラセボを用いています。ヨーロッパ8ヶ国にある70の施設が参加しています。
患者はウェブを使って、治療的介入群とコントロール群に1:1の比で割り振られました。
Patient Selection:
MRIのDWIで梗塞巣を認めるが、FLAIRでは高信号病変を認めなかった, 発症時間が不明な脳梗塞患者がランダム化の対象になりました。なおMRIを撮影する際には、time-flight magnetic resonance angiographyも撮影することでWillis動脈輪を確認しています。
それらの患者のうち、1. 脳梗塞の症状がある, 2. 18〜80歳, 3. 発症前は日常生活の動作が自立していた の条件を満たす患者が研究に登録されました。
他方、以下の項目に該当する患者は除外されています。
1. MRIにて出血性病変がある, 或いは 病変のサイズが中大脳動脈領域の1/3を超える
3. NHISSが25を超える
4. t-PAが禁忌
Exposure: r-PAを投与(治療的介入群)
Comparison: プラセボを投与した群(コントロール群)
Outcome: 両群の治療成績は、以下に示す項目で評価しました。
Primary efficacy end point; ランダム化後90日でmodified Rankin scale (mRS) が0ないし1
Secondary efficacy end point; 以下の項目で評価
1. 90日後のmRSの平均値
2. 90日後に治療効果のあった患者の比率(例; NIHSS7点以下だった患者ではmRS 0点, NIHSS 8~14点ではmRS 0ないし1点, NIHSS 14点超ではmRS 0~2点)
3. 90日後の包括的な成績(mRS, NIHSS, Bartel Index, GCSの4項目の点数が良い)
4. 90日後のBeck Depression Inventryの点数
5. 90日後のEuroQol-5 Dimensionsの点数
Primary safety end point; 死亡, 及び 90日後のmRS 4~6点
Secomdary safety end point; ランダム化後22~36時間後のMRIにて、1. 神経症状を起こしている症候性頭蓋内出血, 及び 2. paranchymal hematoma type 2(脳梗塞巣の30%を超える出血性病変)の発症。
(4) Result
この研究は2012年9月24日から、EUからの資金援助が止まった2017年6月30日まで行われ、8ヶ国の61施設で1362名の患者がスクリーニングの対象となり、その内859名が除外された結果、503名がランダム化に参加しました。その503名の内254名がt-PA群, 249名がプラセボ群に入りました。
発症不明となった理由は「夜間の睡眠中に発症した」(両群で89%)が最多でした。症状に気づいてから薬剤を投与されるまでの平均時間は、t-PA群で3.1時間, プラセボ群で3.2時間でした。そして、患者の最終未発症から治療開始までの平均時間は、t-PA群で10.3時間, プラセボ群で10.4時間でした。
1. Primary Efficacy End Point
t-PAは90日後の良好な成績(mRSが0ないし1)と関連していました。t-PA群で246名中131名(53.3%), プラセボ群で244名中102名(41.8%)という内訳です(odds ratio 1.61, 95%信頼区間1.09~2.36)。
2. Secondary Efficacy End Point
90日後のmRSの平均値はt-PA群にて1, プラセボ群にて2でした(odds ratio 1.62, 95%信頼区間1.17~2.23)。また90日後に治療効果のあった患者の比率は、プラセボ群よりもt-PA群で多かった(t-PA群で246名中72名[29.3%], プラセボ群で244名中44名[18.0%])のです。その他の成績に関しては、下に写真を添付しておきましたのでご参照下さい。
3. Primary Safety End Point
90日後の死亡ないしmRS 4~6は、t-PA群で244名中33名(13.5%), プラセボ群で241名中44名(18.3%)でした(odds raatio 0.68, 95%信頼区間0.39~1.18)。他方、死亡はt-PA群で10名(4.1%), プラセボ群で3名(1.2%)でした(odds ratio 3.38, 95%信頼区間0.92~12.52)。
4. Secondary Safety End Point
Parenchymal hemorrhage type 2はプラセボ群よりもt-PA群で高頻度に発生しました(t-PA群 4.0% vs プラセボ群 0.4 %, odds ratio 10.46, 95%信頼区間1.32~82.77)。また、症候性脳梗塞の再発と占拠性脳梗塞はプラセボ群よりもt-PA群で多く発生しています(症候性脳梗塞再発はt-PA 6.8% vs プラセボ 3.3%, 占拠性脳梗塞はt-PA 2.4% vs プラセボ 0.8%)。
(5) Disucussion
90日後の成績は、t-PA群の方がプラセボ群よりも良好であることが示されました。
スクリーニングを行われた患者の1/3はランダム化の対象になっておらず、主な理由はMRIでDWIとFLAIRのミスマッチがなかったことです。その一方で、機械的血栓回収術を行われた患者も除外されていますが、これはWAKE-UP trialの知見の一般化を妨げています。なぜかというと、前方循環の主幹動脈閉塞を来した重症脳梗塞は、機械的血栓回収術を実施されたため研究に登録されていない可能性があるのです。しかも、筆者らはWAKE-UP trial参加施設における機械的血栓回収術実施可否についてのデータを持っていません。以前本ブログでも述べましたが(上記リンク参照)、① 発症時間不明だが, ② 画像所見と神経所見でミスマッチがある or 画像所見で血流が再開すれば助かる病変が多い, ③ 主幹脳動脈閉塞による脳梗塞への機械的血栓回収術の有効性を示す知見が得られています。WAKE-UP trialでは、患者の約20%で主幹脳動脈の閉塞が見られており、血管内治療で効果が得られていた可能性があるのです。
一方で、WAKE-UP Trialは、血栓回収術の適応とならない軽症〜中等症の脳梗塞患者に対する治療効果に関してもエビデンスを示しています。
また、t-PA群ではtype 2 parenchymal hemorrhageがプラセボ群より多いという結果になりましたが、これはt-PA治療に関連して死亡率が増加したという過去の知見と類似しています。WAKE-UP trialは資金の関係で中断され、登録された患者数はそこまで多くはなかったのですが、もし研究をもっと継続できていれば、t-PA群で死亡率が増える傾向が有意になった可能性があります。
この研究のtake home messageはおそらく、「発症時間不明の脳梗塞とはいえ、MRIのDWIとFLAIRで慎重に選択すれば、t-PAで治療効果が得られるかもよ」という事でしょう。しかしこの結果は慎重に判断せねばなりません。既述のように、発症時間不明で、最終未発症時間から治療開始まで6時間を超過(だが、24時間も経っていない)した主幹脳動脈閉塞による脳梗塞への機械的血栓回収術の有効性が証明されています。つまり症例によってはt-PA投与だけで治療が完了し得ない場合が有り得るのです。また、頭蓋内出血という合併症も心配です。私見ですが、更なる研究データを待ちたいところです。