今回は医療関係者向けという事で、最近読んだ論文を紹介してみたいと思います。CPR中に用いた気道確保の方法 ー バッグマスク換気(bag-mask ventilation: BVM)と気管挿管(endotracheal intubation: ETI)の2法 ー が患者さんの予後に与える影響を検証した臨床研究です('Effect of Bag-Mask Ventiration vs Endotracheal Intubation During Cardiopulmonary Resuscitation on Neurological Outcome After Out-of-Hospital Cardiorespiratory Arrest' JAMA. 2018;319(8):779-787)。
(1) Background
ACLSコースを受講した事のある皆さんなら、「CPR中の胸骨圧迫の中断は最小限に留めるように」と指導されたでしょう。その為、胸骨圧迫の再開を遅延させかねない気管挿管も(施設や医師によりますが)好まれない傾向があります。事実、最近の研究ではCPR中のETIは死亡率の増加と有意に関連性を示したというデータが出ています。しかし、これらの研究は後方視的なデータ(思い出しバイアスが生じやすい)に依拠しているといった弱点があるのです。このような事情から、「BVMとETIのどちらが良い」と明示したガイドラインはまだ存在しません。
(2) Research Question
この研究では病院外で心停止した患者さんへの治療(CPR)において、BVMとETIを比較する事を目的とし、「28日後の神経学的outcomeでBVMはETIに非劣性を示す」という仮説を立てています。
(3) Method
1. Patient(どのようにして患者を選択したか)
研究に参加したのは、ベルギーとフランスにある'prehospital emergency medical service(EMS) center(日本でいう消防署?)合計20箇所です。これらのcenterには最低1個の'mobile intensive care unit'なるものが存在し、そのunitは救急車運転手, 看護師, 救急医(それぞれ最低でも1名)の3職種から構成されています。このunitが救急要請を受けて出動するのです。医師が気道確保を監督し、ETIを実施するのも医師です。
臨床研究が実施されたのは2015年3月〜2017年1月の22ヶ月間でした。18歳以上の院外心停止の患者さんが対象ですが、①蘇生処置前に大量の誤嚥が疑われる, ②do-not-resuscitate(DNR)の意思表示がある, ③妊娠中, ④服役中 の患者さんは除外されています。こうして選んだ患者さんを、1:1の比でBVM群とEIT群にランダムに割り振りました。なお、病院へ搬送されるのは、現場で自己心拍が再開した('return of spontaneous circulation: ROSC')場合だけです。
2. Intervention (治療的介入群)
BVMを実施した患者さん。自己心拍が再開した場合は、院外であっても挿管を実施しました。
3. Comparison (治療的介入群と比較する群)
ETIを実施した患者さん。
4. Outcome (どのようにして結果を評価するのか)
以下の2項目で評価を行いました。
①Primary end point: 28日後の神経学的機能が良好か?
②Secondary study end points: 入院時の生存率, 28日後の生存率, ROSC, 挿管困難の程度, BVM困難の程度, BVMないしETIの失敗率
実は私、昔から数学が大の苦手なので(当然、大学で履修した統計学も成績ボロボロ。留年しなかったのが奇跡!)この論文にあった統計学的な話が全く理解できませんでした。例えば、冒頭で述べた「BVMはETIに対し非劣性を示す」という仮説を評価するため、良好な神経学的機能を伴う生存率をπと仮定し、primary end pointの分析は
BVM群のπ-ETI群のπ
の"95% 2-sided CI"を計算することで行ったそうですが、大学で使っていた統計の教科書を引っ張り出して調べてみても、意味がさっぱり…orz
懇切丁寧&分かりやすい&あまり時間をかけず読める統計学の参考書がありましたら、是非ご教示いただけませんか?(T T)
(4)Result
最終的に2043名の患者さんがこの研究に参加しました。うち1020名がBVM群に, 1023名がETI群に振り分けられました。
1. Primary end point ー「28日後の神経学的機能が良好か?」ー
28日後の神経学的機能が良好な患者は、BVM群で1018名中44名(4.3%), ETI群で1022名中43名(4.2%)でした(統計学的な話を敢えてすっ飛ばして話しています。ごめんなさい)。「BVMはETIに対し非劣性を示す」という仮説は証明できませんでした。
2. Secondary study end point ー 入院時の生存率, 28日後の生存率, ROSCなど ー
ROSCはETI群で多い(ETI群; 1022名中397名[38.9%], BVM群; 1018名中348名[34.2%])反面、入院時の生存率と28日後の生存率は2群間で有意差を認めませんでした。申し訳ありませんが、ここでも統計学的な話はすっ飛ばします。
(3)Disucussion
28日後の良好な神経学的機能というoutcomeに関しては、非劣性, 或いは劣性も証明できず、結果は決定的ではありません。
他方、実施がより簡単, 合併症が潜在的に少ない, という長所があるため、BVMの非劣勢は十分に証明されたと思われ、院外心停止の患者さんへBVMを第1の気道確保手段として採用するに足りると考えられます。
ROSCに関してはETI群で多かったにも関わらず、入院時と28日後の生存率がETI群とBVM群の間で有意差が無かった理由としては、換気に関連した合併症(低酸素血症, 過換気, 低血圧)の2群間での違いが関係していると思われます。
また、ETIに関しては、実施者の経験と技能が問題になります。この研究では前述の通り、医師が挿管していますので、救急隊員よりは技術等の面で優れていると言えそうです。しかしヨーロッパでは、救急隊チームと医師の居るprehospitalチームの間で比較しても挿管困難の発生数に有意差は無いのです。そうした背景を考慮すると、mobile intensive care unitのスタッフが本研究の結果に対して決定的な因子となった可能性はありません。
更に、この研究結果は
①ETIと比較してBVMで失敗の発生が多かった
②BVM困難ないし失敗の発生率が、全身麻酔に関する観察研究におけるそれよりも多かった
という特徴がありました。
①に関しては、急患である事, 事前に気道の評価を行っていない事で説明できるかと思われます。他方、②に関してはBVM群においてレスキュー手技(つまり挿管)が容易に行えたという事が、BVM失敗率の増加に関与した可能性もあります。
論文の重要と思われる部分のみを抜粋した上に直訳し、しかも統計学的な分析に関する説明はすっ飛ばして書いてしまったので分かりにくい部分が多いと思います。申し訳ありません。
この論文のtake home messageは、「CPRの気道確保はBVMでも良い(無理してETIしなくていいよ)」という事ではないでしょうか。