Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

精神主義という弊害

 今日は、日本社会全体に共通する問題について考察したいと思います。最近、過労死や働き方改革というものが話題になっていますね。残業の制限や『プレミアムフライデー』, そしてその逆の残業時間の過少申告等々、様々な対応策に加え、課題も噴出しています。

 これらの背景には、「残業=真面目に働いている」, 「仕事の為なら不眠不休や休日・土日返上は当たり前」という思想があり、このような思想が日本のあらゆる組織ないし共同体に浸透している事は言うまでもないでしょう(特に私のいる医療業界は、その思想が強く染み付いています)。いわゆる『精神論』, 『精神主義』です。

 しかし、皆が信奉する精神主義にメリットなんてあるのでしょうか?確かに、仕事が捗る(気がする)でしょうし、何かしらの一体感が生まれるかもしれません。しかし睡眠・休憩に使う時間が奪われ、それがデメリットをもたらすのであれば話は全く違います。もう既に何度も報道されているように、長時間勤務と上司からのパワハラで精神状態及び健康状態を害し、最悪の場合自殺に至ったケースは幾つも見られます。更に、疲労が蓄積したまま翌日も業務を行うと、過失を起こすリスクが上がります。特に人の生命や安全に関わる業務(医療や交通機関, 危険物を扱う仕事等)では、ほんの小さな過失が重大な結果を招いてしまいます。

 私は、この精神主義が日本軍から脈々と受け継いでしまった負の遺産ではないかと思っています。今回も、以前から本ブログで何回も紹介している『失敗の本質』(http://amzn.asia/a3suKeT)から抜粋した分析・エピソード等を適宜挙げて解説していこうと思います。

 太平洋戦争における日本軍の戦略は、緒戦の決戦で一気に勝利を収める方式(奇襲や先制攻撃, 集中攻撃)に偏っていました。兵員は猛訓練によって極限まで練度を上げる事を要求され、そのような場面では精神主義も必要になります。確かに兵員の練度は一定の戦果に貢献していますが、各個人の鍛練を強調しすぎた結果、日本軍は科学技術の利用を軽視してしまいます。他方米軍は科学技術をどんどん軍事転用し前線で利用しました。例えば、レーダーは日米双方で研究されていましたが、米軍の方が進んでいました。1944年6月19日のマリアナ沖海戦では、米軍への奇襲を企図して飛来した265機もの日本軍機がレーダーによって動きを察知され、ほぼ倍の数の戦闘機と精密な対空砲火で迎撃され、壊滅してしまったのです。

 精神主義は、更にもう一つ弊害をもたらしました。この傾向は特に陸軍で顕著なのですが、兵士らは「自分たちは精神力において敵より優っているので、装備が劣っていても勝てるのだ」と叩き込まれたのです。その結果、日本軍は自身の能力を過大評価し、敵の戦力を過小評価するようになりました。陸軍は日中戦争で連戦連勝・太平洋戦争緒戦では短期間で東南アジアを制圧し、一方の海軍も日露戦争での日本海海戦の勝利や日々の鍛錬, そして太平洋戦争緒戦で勝利したため、歪んだ認識に拍車がかかり慢心が生じたのです。以前本ブログで触れたインパール作戦

https://voiceofer.hatenablog.com/entry/2018/06/27/152006

)では、作戦司令官が「3週間で未開の山岳地帯を踏破してインパールを攻略する」という兵站の点で無理のある計画の修正を求める意見を「『必勝の信念』(精神主義)に矛盾して部隊の士気を低下させる」という理由で退けた結果(そして部下はまだしも上層部すら組織内の感情的な不和を避けた結果)、作戦は決行されます。加えて、この司令官は「英印軍は中国軍より弱い。果敢な包囲、迂回を行えば必ず退却する」と敵軍を過小評価していました。その結果は言うまでもないでしょう。

 このように、精神主義はデメリットが多いのです。ましてや、日本人は先の大戦精神主義を盲信した結果、散々痛い目に遭っているのです。そろそろ自分たちの『常識』が誤っており、即刻破棄すべきであると気付いてもいいのではないでしょうか。