Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

大都市部に移住しました

 読者の皆様へ

 お久しぶりです。忙しさにかまけて(?)またブログ更新が止まってしまいました。まあ正確には、現実逃避の手段としてブログに色々書き殴っていたのですけれども、諸事情によりそんな暇が無くなったんで(+飽きも来ていたし、ネタが払底していたから)書かなくなっていただけです。

 過去の記事でも少々言及しましたけど、家庭の事情で地方の医局・病院を離れて転居し、大都市部の病院に転職しました。住居も病院の結構近くが見つかったのでそこに住んでいます。「どのようにして病院を見つけたのですか?」と訝る方もいると思いますが、また機会を改めてお話しさせてください(いつになるか未定ですけど)。

 まだ大都市部の病院に来て3週間程度なのですが、これまで勤務してきた地方の病院との違いに気付き、色々と思うことがあったのでここでシェアさせて下さい。

 

 ①医師について:大学病院と田舎の二次医療機関で共通していたのは、端的に言って「模範的ではない、寧ろ非倫理的とも取れる言動をする医師が散見される」ことです。これまでこのブログで何度か具体例示してきましたが、専門診療科医師による介入や精査が必要なのは明らかなのに渋ったり, かかりつけの患者だからとか、状態的に3次医療機関で対処しないと救命できないから救急搬送を応需したのに、「なんで受けたんだ」といちゃもんを付けてくる医師が珍しくありませんでした。

 今の所、新勤務先ではそうゆう医師が見当たりません。また、些細なことで不機嫌になって怒鳴り散らしたり, ネチネチと罵詈雑言の類を垂れ流す医師も見当たりません。病院医局の空気が一気に綺麗になった感じがします。

大学病院・医局は監督者として適格なのか - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 

 ②看護師について:これは特に田舎の二次医療機関で顕著だったのですが、40歳代とそこそこの社会人経験(或いは卒後年数)があるはずなのに、医師への報告がメチャクチャで、一体何を相談したいのか理解できなかったり, 報告したい内容が不鮮明だったりしたことが珍しくありませんでした。また、私が病棟や救急外来などでの診療行為や体制などについて「これはこうした方がいいですよ」と助言しても、(上層部を含めて)大半はその意味も理解できず(或いはしようとせず)、従って実践もなかなかできない人間でした。私のフィードバックを常に期待し, 定期的に開催するレクチャーに毎回顔を出して積極的に質問をしてくれて, そうして学んだ内容を実践しようとする、所謂『意識の高い』看護師らが居たのは事実ですが、少数派だったので、なんとなく孤独感や息苦しさを感じていたものです。

 ですが、新しい職場は今のところ、20~30代くらいの若い看護師でも医師への報告や相談は内容が十分理解可能であり, 私ら医師からの指示・助言もちゃんと理解できており、従ってこれらの指示や助言を満足に実践可能である印象を受けます。

voiceofer.hatenablog.com

 

 ③薬剤師について:地方の二次医療機関では、薬剤師の言動に首を傾げることが多かったです。具体的には、新卒2~3年目くらいの薬剤師が、医師には敬語などで疑義紹介をするにも関わらず、看護師に対しては年齢差等お構いなしでタメ口で話し, 場合によっては攻撃的な口調で話す事例が散見されました。他にも、疑義紹介の内容がすぐに理解できないくらいまとまっておらず、「一体何が言いたいのですか?」とキレそうになりながら傾聴することもありました。

 新勤務先では、そうゆうことは一切ありません。薬剤師の提案も、ちょっと表現が難しいのですが、『専門性』を強く感じさせるものが多く, もの凄く助かっています。フットワークが軽く、よく病棟や外来に顔を出しておられます。

 

 ④事務職員について:前もブログなどで愚痴っていたかもしれませんが、地方の二次医療機関などでは、地域連携室や医事課の職員の言動や依頼内容などに苛立ちを禁じ得ないことが少なからずありました。また、書類作成の業務は頻繁に医師へぶん投げられていました。

 新しい職場では、事務職員が我々医師や, 看護師の業務負担軽減を意識しているのか、率先して書類を作ってくれて、後で医師が内容を確認してOKを出すだけで済んでいます。

voiceofer.hatenablog.com

voiceofer.hatenablog.com

 

 こうしてみると、地方と大都市部での格差を感じずにはいられません。大都市部が人口という面において地方より有利であることは否めず, また経済活動や自治体等の予算規模なども人口に比例していることは容易に推測できます。才能や, やる気のある人間は、自らの才能を遺憾なく発揮でき, 好きなことを十分にやれる環境を自ずから求めます。その点では、地方よりも大都市部の方が環境が整っていると認めざるを得ません。そうやって地方から有能な人間, 或いは 向上心がある人間が出ていき、後に残るのは、才能も『イマイチ』で, 自身の知識や技能を向上させる意欲があるのかすら怪しい人間ばかりです。このようにして、地域間で格差が生まれているのではないでしょうか。

 少子高齢化と, それが今後の日本経済や社会保障制度などに及ぼす影響とそれに対する政策について、今日に至るまで色々な議論がなされておりますが(その癖、ロクな打開策も講じられていないし, 国民間で十分議論が為されているか甚だ疑問)、いずれにせよ大都市部でも、地方で起きているような『(有能な)人材が居ない』という課題が生じるのは時間の問題と思います。先日言及した移民に関する課題(難民の問題もですが)も、「日本はこれまでうまくやってきたから、これからも何とかなる」という思い込みや, 「◯◯人は盗人だ, ▽▽人とは到底理解し合えない」等の人種的な思想(或いはstigma)を拝して議論すべきではないのでしょうか。もう日本全体で、人材の払底が始まっていると思わざるを得ません。今は地方で顕著になっているだけであり、全国津々浦々で深刻な障害を来すのは時間の問題ではないでしょうか。

体外循環に関する論文まとめ Part 2

 読者の皆様お疲れ様です。現役救急医です。間が空いてしまいましたが、今日は前回に続いて、体外循環に関する英語論文をざっくり紹介していこうと思います。前回の記事は以下のリンクから閲覧可能です。

voiceofer.hatenablog.com

その2: 'ECLS-SHOCK' trial (Thiele H, Zeymer U. et al., N Engl J Med 2023;389:1286-97)

(1) Method

 ドイツ・スロベニア2ヶ国で実施された研究者主導・多施設参加のランダム化open-label臨床試験。血行再建治療を予定され, 心原性ショックを合併した急性心筋梗塞患者において、通常の内科的治療単独と比較し、早期の無差別な体外循環式生命維持(ECLS: extracorporeal life support)に有益性があるかどうか決定することが主な目的であった。

① 被験者について

 急性心筋梗塞心原性ショックを合併し, 早期の血行再建術(経皮的冠動脈治療[PCI: percutaneous coronary intervention]或いは冠動脈バイパス移植術[CABG: coronary-artery bypass grafting])を予定されている18~80歳の患者が参加登録可能であった。ここで『心原性ショック』とは

  • 30分以上収縮期血圧<90 mmHgが持続する, 或いは 収縮期血圧>90 mmHg維持のためにカテコラミン投与を開始した
  • 動脈血中乳酸濃度>3 mmol/L
  • 意識状態変容, 皮膚・四肢の冷感or冷感と湿潤を伴う, 或いは 尿量<30 mL/hr のうちの1個以上を伴う組織灌流障害

の全てを満たす状態と定義されている。

 他方、以下のいずれかに該当する患者は参加登録から除外された。

  • ランダム化前に45分以上心肺蘇生を実施した
  • 機械的要因による心原性ショック or 重症末梢血管疾患(ECLSのcannulaの挿入ができない)

② ランダム化

 血行再建術が予定された患者で冠動脈撮影検査が実施された直後に、施設による階層化を伴うランダム化が行われた。被験者は「通常の内科的治療+ECLS実施」群「通常の内科的治療単独」群へ1:1の比で割り振られた。早期の血行再建術にはPCIが好まれたが、PCIが不敵である患者には緊急CABGの施行が可能であった。

 ECLS群では、可能であればPCI実施前の最初のカテーテル挿入の間に開始していた。下肢虚血リスク低減のために、大腿動脈シース挿入は順行性にすることが推奨された。

 対照群(内科的治療単独)ではECLSへのcrossoverは回避された。但し、内科的治療施行中に血行動態悪化基準が見られた場合には、大動脈内バルーンポンプ(intraaortic balloon pump) ないし 微小軸状-弁経由血流ポンプ(microaxial transvulvular flow pump)といったデバイスを使用した治療が許可されていた。なお、この『血行動態悪化基準とは、

  • 重度の血行動態不安定に, 
  • 切迫する血行動態虚脱 或いは 平均動脈圧>65 mmHgを維持するために血管作動薬がbaselineよりも50%増加

を伴うことであった。

転帰

 主要転帰は30日後のあらゆる原因による死亡であった。主要な副次転帰

  • 血行動態安定化までにかかった時間
  • ICU滞在期間
  • 腎代替治療が必要な急性腎不全
  • 心筋梗塞の再発
  • うっ血性心不全による再入院

だった。その他副次転帰

  • カテコラミンの開始と投与期間
  • 30日後の不良な神経学的転帰:Cerebral Performance Category(CPC) 3 or 4

であった。安全転帰

  • 中等度 或いは 重度の出血:Bleeding Academic Research Consoritium(BARC)基準のtype 3~5
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症
  • 外科的ないし血管内治療を要した末梢血管虚血性合併症

だった。

統計学的解析

 主要解析は'intention-to-treat'の原則に則って行われた。データの堅牢性を評価するためのsensitivity analysisを'per-protocol'集団及び'as-treated'集団で行った。主要転帰イベント発生率を比較するために'chi-square test'という手段が用いられ、相対的リスク(relative risk)と95%信頼区間(CI: confidence interval)を計算した。また、30日のフォローアップ期間中における2群での累積発生率を可視化するためにKaplan-Meier曲線を計算した。

 副次転帰に関するeffect sizeはrelative risk 或いは 'Hodges-Lehmann estimator'で表現された。事前に設定したsubgroupによる解析は性別, 年齢(<65歳 vs 65歳≦), 糖尿病の有無, ST上昇の有無, 前壁心筋梗塞かそれ以外か, 入院時の動脈血中乳酸濃度(3~6 mmol/L vs 6 mmol/L<)を考慮して行われた。加えて、ランダム化前の心肺蘇生の有無によって分けたpost hoc subgroup解析も行われた。これらsubgroupにおいて、主要転帰のrelative riskと95%CIのforest plotを計算した。95%CIの広さは多重性について調整されておらず、そのため仮説検証の代わりに使用されなかった。

(2) Result

 2019年6月から2022年11月の間に44施設で合計887名の患者がscreeningを受け、420名の患者が臨床試験に参加登録した。3名が除外され、最終解析にはECLS群へ209名が, 対照群が208名が含まれていた。

 Baselineにおいて、両治療群間の患者の特性は均衡が取れていた。

  • 年齢中央値・・・63歳
  • 男性・・・81.3%
  • ST上昇心筋梗塞・・・患者の2/3
  • 最も多い梗塞部位・・・左前下行枝(47.6%)
  • ランダム化前に心肺蘇生が行われた患者・・・77.7%
  • 血行再建術前の乳酸濃度中央値・・・6.9 mmol/L
  • PCIによる血行再建術・・・大半の患者(96.6%)で実施

 ECLS群では、192名(91.9%)で最初の血管撮影中にECLSが開始された。ECLS群のうち17名(8.1%)でECLSが開始されなかった対照群では26名(12.5%)でECLSが開始された。ECLS群におけるECLS継続期間中央値は2.7日だった。両群で、カテコラミン投与必要性の合計は均衡が取れていた。ECLS群でドブタミンがより高頻度に投与されていた。

 対照群では合計28名(15.4%)がECLS以外の機械的循環補助を受けており, 主にmicroaxial transvalvular deviceが使用された。これらの患者のうち2名は『血行動態悪化基準』を満たさなかった。

Figure 1: 30日後のあらゆる原因による死亡

 あらゆる原因による30日後の死亡は、ECLS群: 100名/209名(47.8%), 対照群: 102名/208名(49.0%)だった(relative risk: 0.98; 95%CI: 0.80~1.19; P=0.81) (Figure 1)。Sensitivity analysisは主要解析と同等の知見を示した。

 事前に指定したsubgroup解析及びpost hoc解析は、全てのsubgroupで主要解析と一致した結果を示した(Figure 2)。追加のpost hoc解析でも、各施設の参加登録患者数に関係なく同等の死亡率を示しており、参加登録が<5名の施設の死亡率が50.9%なのに対し, 参加登録が5名≦の施設の死亡率は48.1%だった(relative risk: 1.02; 95%CI: 0.94~1.09)。

Figure 2: 主要転帰のsubgroup解析

 カテコラミン投与期間と血行動態安定化までにかかった時間について、治療群の間で実質的な差は見られなかった。その他の転帰については以下の通り。

  • 人工呼吸器使用期間中央値・・・ECLS群: 7.0日, 対照群: 5.0日
  • 代替療法・・・ECLS群: 17名(8.1%), 対照群: 29名(13.9%); Relative risk: 0.58, 95%CI: 0.33~1.03
  • 血行再建術再施行・・・ECLS群: 18名(8.6%), 対照群: 22名(10.6%); Relative risk: 0.81, 95%CI: 0.45~1.47
  • 心筋梗塞再発・・・ECLS群: 2名(1.0%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.00, 95%CI: 0.07~12.72
  • うっ血性心不全による再入院・・・ECLS群: 3名(1.4%), 対照群: 2名(1.0%); Relative risk: 1.49, 95%CI: 0.24~13.61
  • 不良な神経学的転帰・・・ECLS群: 27/109名(24.8%), 対照群: 24/106名(22.6%); Relative risk: 1.03, 95%CI: 0.88~1.19
  •  中等度 或いは 重度の出血・・・ECLS群: 23.4%, 対照群: 9.6%; Relative risk: 2.44, 95%CI: 1.50~3.95
  • 治療を要する末梢血管合併症・・・ECLS群: 11.0%, 対照群: 2.8%; Relative risk: 2.86, 95%CI: 1.31~6.25
  • 脳卒中 或いは 全身性塞栓症・・・ECLS群: 3.8%, 対照群: 2.9%; Relative risk: 1.33, 95%CI: 0.47~3.76

(3) Discussion

 ECLS-SHOCK trialでは、血行再建術を予定され, 心原性ショックを合併した心筋梗塞患者において、30日後のあらゆる原因による死亡という観点で、早期のルーチンなECLS開始は内科的治療単独に対し優越していないことが明らかになった。ECLSは合併症増加と関連しており、特に出血イベントや末梢血管イベントと関連していた。

 重症ないし急速に悪化する心筋梗塞による心原性ショックは、ECLS開始の最も多い適応である。経皮的なシステムがより広範にわたって入手可能となり, かつ 大動脈内バルーンポンプに生存に関する利益がないことを示す臨床研究結果が出た後に、ECLS使用とその他機械的循環補助の使用は顕著に増加した。

 ECLS-SHOCK trialは、より進行した心原性ショックがある患者のみを対象とすることを狙っていた(これらの患者は体外血行動態補助の利益を受ける可能性が最も高いと思われたため)。こうした患者の参加登録は、過去の同じ集団へ行われた臨床試験と比較して、ECLS-SHOCK trialの両治療群で合計死亡率が上昇したことを説明可能と思われる。

 これまでに心原性ショック患者でECLSの効果を評価したランダム化臨床試験は3件あり、ECLS-SHOCK trialの知見と一致した結果を示している。最初の超小規模研究では、30日後の左心室駆出率へ効果がないことが示された。122名が対象になった2番目の臨床試験では、あらゆる原因による死亡, 蘇生後の循環停止, ないし 機械的循環補助装置の使用からなる複合転帰に差がないこと、及び死亡率に差がないことが確認された。3番目の臨床試験は、参加登録が遅延していたため早期に中止されたので、死亡率に関して意義のある結論が出せなかった。

 心原性ショックに対するECLSが有益性を欠いている理由は複数存在する。まず、リスクや, それに関連したデバイス関連合併症が、潜在的な利益を相殺している可能性がある。ECLS-SHOCK trialではECLS群において出血や末梢血管合併症が対照群より多かったことが示された。こうしたデータは、過去の文献の報告と一致する。すなわち、合併症のリスクを減らす努力(cannulaを小さくする, 抗凝固薬使用を減らすなど)は現在進行形にも関わらず、これらの合併症は将来的にも臨床的に関連性のある問題であり続けるだろうECLS群で見られた人工呼吸器使用期間長期化も、同様にして転帰を変えてしまった可能性がある。更に、末梢からのECLS挿入は、逆行性の大動脈血流による左室後負荷増加と関連している。従って、異なる左室負荷低減方法が開発されている。最近の非ランダム化臨床試験では、ECLS単独と比較して負荷軽減デバイスに利益がある可能性を示したものの、出血, 溶血, 弁の合併症といった合併症の頻度が高いことが示唆された。ECLS-SHOCK trialにおいて、進行性左室不全の徴候の存在は左室負荷軽減の適応であるとprotocolで以前に決められていたにも関わらず、過去の観察研究や小規模前向き研究と比較しても、ECLS-SHOCKにおける左室負荷軽減の使用率は5.8%と比較的低調だった。左室負荷軽減がECLSにおいて転帰に影響するかどうか評価するランダム化臨床試験が必要である。ECLS群で見られたようなドブタミン使用頻度増加は、左室後負荷増加(酸素消費増加と, それによる有害事象に対する懸念とも関連性あり)を示唆している可能性がある。

 他にECLSの有益性の欠如を説明しうる理由は、患者の転帰が不良(そしてそれは循環不全との関連性は強くない)であったことだろう。ECLS-SHOCKでは、上記のような参加登録基準を採用した結果、過去の臨床試験と比較してランダム化前に心肺蘇生を受けた患者数が多かった。脳損傷という競合するリスクを伴う高い心肺蘇生施行率は、ECLSが予後へpositiveに影響した可能性を減少させたかもしれない。心原性ショック患者を対象としたランダム化臨床試験から心肺蘇生を受けている患者を除外するか否かについての議論は今も続いている。但し、そのような患者の除外は臨床試験の一般化を妨げるであろう。ECLS-SHOCKにおいて、心肺蘇生を受けた患者の生存率は受けていない患者のそれと同等(>50%)であり、subgroup解析でも両治療群間で転帰に差があることは示されなかった。難治性の心原性ショックは両治療群で主たる死因だった一方で、脳損傷後の死亡は約1/4で報告されている。脳損傷という文脈では、対照群と比較してECLS群で体温管理療法の頻度が低いことが報告された。しかしながら、ECLSは体温管理或いは発熱予防のためにも使われうるため、ECLS群で体温管理療法の報告が少なかったのはこうした管理によるかもしれない。

 ECLS-SHOCKには幾つか欠点がある。

  • 治療の盲検化ができなかった。
  • 合計39名の患者が別の治療群にcrossoverしていた。
  • 一般化を可能にするために、ECLSの経験数が中程度及び高程度である施設の双方が対象となった。

 前回のブログ記事で紹介した文献に引き続き、地味に渋い?キツい?内容の文献だったと思います。3次医療機関で、循環器内科や心臓血管外科の医師がICUでECMO管理について我々救急医のほか, 看護師や臨床工学士らとdiscussionする光景はそこまで珍しくありませんでした。そうゆう、標準的と思っていた救命のための治療法についてこんなデータが出ると、「え、どうすりゃいいんだ」と思いたくはなります。ただ、ランダム化前に心肺蘇生を行われた患者の割合が多いということは論文の著者も認めています。おそらく遠からぬ将来に、対象となる患者をもうちょっと絞り込んだ臨床試験とか, 介入方法を工夫した臨床試験の結果が出る(或いは行われる)かもしれません。それでコロッとエビデンスが変わってもおかしくないと思います。これもこれで、ガイドラインの推奨内容にどこまで反映されるか様子見ですね。

体外循環に関する論文まとめ Part 1

 皆様お久しぶりです。久々にブログを更新します。ここ最近も色々と忙しかったです。仕事が忙しいというのもあるんですが、色々あって今いる地域から来年度辺りに転出・転職することになり、その手続きやら挨拶回り?やらで、まだまだ振り回されそうです。

 今回と次回の2回に分けて、救急医もしばしば関与する体外循環装置(或いは人工心肺)に関する論文をちょっと紹介してみようと思います。

 

その1:'INCEPTION' trial (Siverein MM., Delnoij TSR. et al. N Engl J Med 2023;388:299-309)

(1) Method

 オランダで実施された多施設参加型のランダム化対照試験。2017年5月から2021年2月の期間に10カ所の心臓血管外科センターで実施し, 12の救急医療サービス(EMS: emergency medical service。日本で言う救急隊のようなもの?)が参加。EMSは'advanced life suppert'(胸骨圧迫・換気・AED使用だけでなく、気管挿管や薬剤投与等も行う心肺停止蘇生プロトコルを行う資格を有していた。またEMSと病院のスタッフが特定のプロトコルを採用することは無かったものの、臨床試験の目的やデザインは知らされていた。なお、参加施設はCOVID-19第1波の期間にこの臨床試験への参加を停止していた。

① 被験者について

 以下の条件を満たす患者が参加登録可能だった。

  • 18~70歳
  • 心室細動(VF: ventricular fibrillation), 心室頻拍(VT: ventricular tachycardia)のいずれかの初期波形を伴う, 目撃あり・難治性の院外心停止
  • EMSが心停止を目撃していない場合、'basic life support'(胸骨圧迫・AED使用・換気だけからなる心肺停止蘇生プロトコルが施行されていること

『難治性』の定義は、「15分間advanced life suppert(ALS)を継続したにも関わらず、心停止が持続している」ことであった。また、以下に該当する患者は除外された。

  • 15分以内に自己心拍が再開し, 循環動態の回復が維持されている
  • 終末期心不全(NYHA class III or IV)
  • 重度の肺疾患(閉塞性肺疾患基準 grade III or IV)
  • 播種性の癌
  • 妊娠が明らか or 疑われる
  • 両側大腿動脈のバイパス術後
  • 体外循環による心肺蘇生(CPR: cardiopalmonary resusitaion)の禁忌
  • 蘇生行為や人工換気を拒否する事前の意思表示がある
  • 最初の心停止から体外循環のcannula挿入開始まで60分を超過すると予想される場合
  • 心停止前の'Cerebral Performance Category'(CPC) scoreが3 or 4(重篤な脳神経系の障害がある or 植物状態が持続)
  • 多発外傷

② ランダム化について

 ALSを開始後、15分以上心停止が持続している場合に病院への搬送を開始した。搬送中に患者情報を病院に転送し、除外項目に関する情報が無い場合に患者のランダム化を速やかに開始した。患者は1:1の比率で介入群(体外循環を用いたCPR)対照群(通常のCPR) にランダム化された(施設により階層化を行った)。EMSは患者のグループ分けを知らなかった。

 病院到着後に患者の参加登録基準と除外基準が点検され, 除外基準に該当した場合は臨床試験参加登録から除外された。なお心停止から'extracorporeal membrane oxygeneration'(ECMO)のcannula挿入開始まで実際に60分を超過してしまった患者は除外されていない体外循環CPRを開始する前に安定した自己心拍再会が見られた場合には体外循環CPRを実施しなかったが、その患者は割り当てられた治療群に留められた("intention-to-treat analysis")。

転帰

 主要転帰は30日後のCPC score 1 or 2(正常 or 障害があるが自立; 『良好な神経学的転帰を伴う生存』)。主要な副次転帰は、

  • 自己心拍再開前のCPR継続時間
  • ICU滞在期間
  • 入院期間
  • 30日間生存率
  • 6ヶ月間生存率
  • 心停止6ヶ月後のCPS score
  • 治療中止の理由
  • 人工呼吸器使用期間

であった。

統計学的解析

 「体外循環CPR使用で30日後の『良好な神経学的転帰を伴う生存率』は8%から30%に増加する」と仮説を立て、各治療群ごとに49名の患者が入ることでこうした差を検知する80%の力を生じると推定された。また10%の参加中断を補う為に、各治療群に55名の患者が参加登録する必要があると推計した。

 70名の患者が参加登録した後、介入群の患者27名中7名が自己心拍再開のため、事前に指定された治療を受けなかった。データ・安全監視委員会と合意の上、元々推計されていた介入群49名を満たす為に再計算し、sample sizeは134名になった。データベースは2021/12/17にロックされた。

 解析はintention-to-treat方式で実施した。30日後・3ヶ月後・6ヶ月後のCPC score 1 or 2の生存を解析する為に、施設による補正を伴うlogistic mixed modelを使用した。Odds ratioは、効果の推定値として95%信頼区間(CI: confidence interval)とともに報告された。主要転帰に関して、risk ratioと95%CIも計算した。副次転帰或いはその他の転帰に関しては、統計学的解析の計画が多様性の補正について明示していなかったので、結果は点推計と95%CIとして報告された。

(2) Result

 合計160名の患者がランダム化され、うち来院後に参加登録基準に合致しなかった患者26名が除外された結果、介入群(体外循環CRP)は70名, 対照群(従来のCPR)は64名となった。介入群と対照群各群の患者のbaselineの特性は以下の通り。

  • 年齢平均値(±標準偏差)・・・介入群: 54±12歳, 対照群: 57±10歳
  • 男性・・・介入群: 90%, 対照群: 89%
  • 心臓血管系疾患既往, 心臓血管リスク因子の有無, 病院前治療, 病院前自己心拍再開・・・両群で均衡
  • 心停止〜救急車到着までの時間平均値・・・両群で8±4分
  • 病院到着前にランダム化された患者・・・介入群: 44名(63%), 対照群: 42名(66%)
  • 心停止〜病院収容までの時間平均値・・・介入群: 36±12分, 対照群: 38±11分

 介入群のうち、体外循環CPRが開始されなかったのは18名で, cannula挿入と循環確立が成功したのは52名中46名(88%)だった(介入群全体に占める割合は66%)。他方、ECMOが成功だった患者は6名(治療関連合併症: 5名, 有効なECMOの血流が確立できず: 1名)であった。対照群のうち、体外循環CPRへcrossoverとなったのは3名だった。

 安定した自己心拍再開が得られたのは、介入群: 18名(26%), 対照群: 20名(31%)だった。救急要請から自己心拍再開までの時間の平均値は介入群: 49±19分, 対照群: 43±20分であった。

 主要転帰に関するデータが得られたのは、対照群: 62名(97%), 介入群: 全員だった。30日後にCPC score 1 or 2を伴う生存が得られたのは、介入群: 14/70名(20%), 対照群: 10/62名(16%)であった(odds ratio: 1.4; 95%CI: 0.5~3.5; P=0.52)。従来型CPRと比較すると、体外循環CPRはICU入室まで生存している患者の割合の増加と関連していた。退院まで生存していた患者の割合は両群で同等だった。6ヶ月後の良好な神経学的転帰を伴う生存は両群で同等だった。

 介入群で治療を中断した主な理由は、神経学的な不良予後だった(24/56名[43%])対照群で治療を中断した主な理由は、更に行うべき治療選択肢が無いことだった(78%)。治療中断と施設との間, ないし 治療中断とECMO血流確立までの時間の間 の関連性は認められなかった。重篤な有害事象の件数の平均値は、介入群: 1.4±0.9件/患者1名, 対照群: 1.0±0.6件/患者1名であった。

(3) Discussion

 INCEPTION trialでは、心室不整脈による難治性院外心停止に対して体外循環CPRないし従来型CPRの使用したが、30日後の良好な神経学的転帰を伴う生存の割合は同等であった。

 過去に行われた同様のランダム化比較試験"ARREST" trialは、介入群(体外循環CPR実施)における優位性のため早期に中止されたが、生存退院は体外循環CPR群: 6/14名(43%), 従来型CPR群: 1/15名(7%)という結果だった。プラハチェコ)で行われた同様の単施設研究は、6ヶ月後に良好な神経学的転帰を伴う生存が介入群で32%, 対照群で22%という結果であり、これも無益性のため早期に中止された。但しこの研究では、入院時に自己心拍が維持されていた患者が介入群: 27%, 対照群: 44%であった。INCEPTION trialの結果はプラハ臨床試験と似たような結果であるものの、ARREST trialの結果とは異なっている(但しARREST trialとINCEPTION trialの病院前診療は似たものを採用していた)。多様な転帰の原因に関係なく、対象となった集団で従来型CPRの成功率が高い条件では、体外循環CPRが有効である可能性を証明することはより困難であるかもしれない。加えて、INCEPTION trialでは主要転帰の95%CIが極めて広かった。

 INCEPTION trialでは、病院収容〜cannula挿入開始までの時間の中央値は16分, cannula挿入開始〜ECMO血流開始までの時間の中央値は20分だった。これらの時間はARREST trialやプラハの臨床研究よりも長くなっており、経験, logistics, 症例数等の因子のような困難を反映している。施設ごとの症例数は、INCEPTION trialよりもARREST trialやプラハの研究の方が多く、大都市圏にある病院の方が経験数が豊富であることを反映している。大都市圏外では、体外循環CPRを広範囲かつ定期的に経験するのは困難であるかもしれない

 INCEPTION trialにはいくつかの欠点が存在する。

  • ランダム化〜病院到着までの間に自己心拍が再開した患者が相当数いた。
  • 一部でscreeningができなかったり, ランダム化後の参加登録除外が生じたりした。
  • 治療割り当てのmaskingができなかったので、患者のcrossoverが生じた。

 適切な環境における体外循環CPRの可能性は明らかであるように見える。但し、INCEPTION trialの知見は、たとえ心臓血管外科センターで実用的な手法で体外循環CPRが行われたとしても、体外循環CPRの優位性の再現性を明示できなかった。体外循環CPRを行ったり, その実現の過程にある施設は、自らのlogisticsを喫緊に評価し, その後、体外循環CPRの有効性の評価を行うべきである。体外循環CPRの適応や, 転帰の予測因子について将来的な研究が必要である。

 

 3次医療機関にいた時、しばしば院外心停止でVF・VTが持続する患者へECMOを緊急で導入する事例は時々経験していました。「当たり前」とすら感じていた救命治療について、疑義を生じる知見が出たことは軽く衝撃でした。ただ、今後ガイドラインの類へどれほど反映されるかについては判断待ち(様子見)が良いような気がします。

【久々の更新】心房細動&脳梗塞の患者への抗凝固薬開始時期 − New England Journal of Medicineより −

 メチャクチャお久しぶりです。色々と忙しくて、気が付いたらブログ更新が止まっていました。生存報告と, 自分の勉強も兼ねてブログをぼちぼち再開します。(YouTubeに関しては、動画編集の手間もあるのでできる時にやります)

 以前からこのブログでは脳卒中関連の論文を時折紹介してきました。実際に救急医療の現場でも脳出血脳梗塞くも膜下出血等の患者さんを診察し、脳外科医・脳神経内科医との共同作業を求められる機会も少なくありません。今回もそれに関連した文献(Fischer U, Koga M. et al. Early versus later anticoagulation for stroke with atrial fibrillation N Engl J Med 388;26:2411-21)を紹介してみます。

 

(1) Introduction

 心房細動患者では、DOACs(Anticoagulation with Direct Oral Anticoagulants: 直接的抗凝固因子経口投与による抗凝固療法)が脳梗塞や全身性塞栓症のリスクを減少させることが分かっている。しかしながら、脳梗塞急性期において、DOAC開始時期が脳梗塞再発及び出血のリスクに影響するかどうかは不明である。

 脳梗塞急性期では、最初の数日間が脳梗塞再発及び頭蓋内出血のリスクが最も高いことが知られている。いくつかの研究や小規模ランダム化試験でDOACs早期開始が安全である可能性が示唆されているも、これらの研究では選択バイアス, ないし sample size(被験者の数)が少ないといった問題がある。こうしたエヴィデンスの不足もあり、各ガイドラインの推奨内容は多岐にわたる。あるガイドライン(注:欧州のもの)では,「一過性虚血発作(TIA: Transient Ischemic Attack)では1日後, 軽症脳梗塞では3日後, 中等症脳梗塞では6日後, 重症脳梗塞では12日後にDOACsを開始する」ことを推奨している。この推奨は、梗塞のサイズと関連した出血性変化リスクに関する観察研究に基づくものであり, 多くの国で採用されている。

 今回、筆者(注:この論文の著者ら)は"ELAN(Early versus Late Initiation of Direct Oral Anticoagulants in Post-ischemic Stroke Patients with Atrial Fibrillation)"ランダム化試験と呼ばれる、DOACs早期開始の安全性と有効性を推計するために, ガイドラインに従ったDOACs開始延期と比較する臨床試験を行った。

 

(2) Method

①被験者について

 欧州, 中東, アジアの103施設で実施した。以下の全てに該当する患者が参加登録可能であった。

  • MRI or CTで急性期脳梗塞巣があると確認された, 或いは 24時間以上持続する症状によって脳梗塞と臨床的に診断された上に, CT or MRIによって脳梗塞以外の原因が除外された
  • 永続性, 持続性 or 発作性の非弁膜症性心房細動がある, 或いは 脳梗塞による入院期間中に心房細動と診断された

また脳梗塞巣のサイズは以下のように定義・分類された。

  • 軽症:梗塞巣サイズ≦1.5 cm
  • 中等症:中大脳動脈, 前大脳動脈 or 後大脳動脈の皮質表面枝の領域にある梗塞巣
  • 重症:上記の血管領域 or 脳幹にあるより大きな梗塞巣, 或いは 梗塞巣サイズ1.5 cm<

 ランダム化前の血栓溶解薬静注や機械的血栓回収術, 静脈血栓塞栓症予防目的の低分子量ヘパリン予防的投与は可能であったが、脳梗塞発症時における治療目的の抗凝固療法は許可されなかったまた、以下に該当する患者はELAN trialから除外された。

  • 脳梗塞巣と合流する脳実質血腫
  • 脳梗塞巣とは離れている頭蓋内出血

なお脳梗塞巣内の点状出血は除外対象ではなかった

②介入群と対照群の治療内容

 被験者は1:1の比率でDOACs早期開始とDOACS開始延期へランダムに割り付けられた。年齢(70歳> or 70歳≦), 梗塞巣のサイズ, NIHSS(10点> or 10点≦), 施設といった背景因子による不均衡を最小化するような方法が用いられた。

 介入群(DOACs早期開始)では、軽症 or 中等症脳梗塞患者で発症後48時間以内に, 重症脳梗塞患者で発症後6 or 7日後にDOACsを開始した。他方、対照群(DOACs開始延期)では、軽症脳梗塞患者で発症後3 or 4日後に, 中等症脳梗塞患者で6 or 7日後に, 重症脳梗塞患者では12, 13, or 14日後にDOACsを開始した。

転帰について

 主要転帰は、30日以内に生じた脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 重大な頭蓋外出血, 症候性頭蓋内出血, or 血管死の複合であった。

 副次的転帰は、30日及び90日後における以下の項目であった。

  • 脳梗塞再発
  • 全身性塞栓症
  • 重大な頭蓋外出血
  • 症候性頭蓋内出血
  • 血管死
  • 重大ではない出血
  • あらゆる原因による死亡
  • modified Rankin scale(mRS)が0~2 vs 3~6の2値転帰
  • 2群間のmRSスコア分布のordinal shift

統計学的解析

 ELAN trialの主な目的は、対照群と比較した介入群の有効性を推計し, かつ この推計の正確性を推計することであった。そのため、優位性, 劣性 ないし 非劣性を目的とした統計学的仮説は試験されなかった。サンプルサイズは、期待する信頼区間(CI: confidence interval)に基づいて計算した。1,802名の被験者がいれば対照群では被験者の5%で, 介入群では被験者の4.5%で主要転帰が発生し、また両群間の差の95%CIの期待される幅は2 percentage pointsになると推定された。このintervalは計画のahchorとして用いられたが、非劣性の境界としては使用されなかった。

 主要解析は、除外されずに参加登録された被験者全員を対象とする'modified intention-to-treat principle'に基づいて行われた。有害事象に関する解析は実際に受けた治療によって被験者を分けて解析しており、介入群の安全性を対照群と比較・評価した。全ての解析モデルで、施設以外の因子を共変量に含めていた。

 主要転帰は個別化ロジスティック回帰分析モデルという方法で解析した。リスク差と95%CIは、推定odds比とそのstandard errorから求めた。

 副次的転帰の2値転帰は、主要転帰と同じ方法で解析された。mRSのordinal scoreは序列ロジスティック回帰分析という方法を用いて解析した。Subgroup解析は主要転帰のみに対して行った。有害事象は治療群ごとに計算され、こうした事象を来した参加者の頻度及び発生率として表された。

 

(3)結果

①被験者と治療内容

 2017/11/6〜2022/9/12の期間に、15カ国103施設で36,643名の被験者がscreeningを受け、うち2,032名が参加登録された。この被験者のうち19名が除外され、2,013名がmodified intention-to-treat populationとなった介入群: 1,006名, 対照群: 1,007名)。プロトコルに従って治療が開始されたのは、介入群: 949名, 対照群: 935名だった

 Baselineの人口統計学的・臨床的特性は類似していた。

  • 年齢中央値・・・77歳
  • 女性・・・被験者全体の45%(915名)
  • NIHSS中央値・・・入院時: 5点, ランダム化時: 3点
  • 軽症脳梗塞・・・介入群: 38%, 対照群: 37%
  • 中等症脳梗塞・・・介入群: 40%, 対照群: 39%
  • 重症脳梗塞・・・介入群: 23%, 対照群: 23%

②主要転帰について

 主要転帰が判明したのは2013名中1975名(98%)だった。主要転帰が発生したのは介入群: 29名(2.9%), 対照群: 41名(4.1%)であり、対照群と比較した介入群における主要転帰の推定odds比は0.70(95%CI: 0.44~1.14)で, リスク差は-1.18 percentage point(95%CI: -2.84~0.47)だった。30日前の血管死は介入群の13名, 対照群の11名で発生した。

30日後, 90日後の主要転帰に関する両群間のリスク差の点推計と95%CI

③副次的転帰について

 30日後の頭蓋外出血の発生は介入群: 3名(0.3%), 対照群: 5名(0.5%)だった(odds比: 0.63; 95%CI: 0.15~2.38)。30日後の症候性頭蓋内出血は両群ともに2名(0.2%)だった(odds比: 1.02; 95%CI: 0.16~6.59)30日後の脳梗塞再発は介入群: 14名(1.4%), 対照群: 25名(2.5%)だった(odds比: 0.57: 95%CI: 0.29~1.07)。

※1: その他の30日後副次的転帰は以下の通り。

  • 全身性塞栓症・・・介入群: 4名(0.4%), 対照群: 0.9%; odds比: 0.48(95%CI: 0.14~1.42)
  • 血管死・・・介入群: 1.1%, 対照群: 1.0%; odds比: 1.12(95%CI: 0.47~2.65)
  • 重大ではない出血・・・介入群: 3.0%, 対照群: 2.7%; odds比: 1.13(95%CI: 0.67~1.92)
  • mRS≦2・・・介入群: 62.6%, 対照群: 62.6%; odds比: 0.93(95%CI: 0.79~1.09)

 90日後の複合的転帰脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 重大な頭蓋外出血, 症候性頭蓋内出血 or 血管死)発生は介入群: 3.7%, 対照群: 5.6%だった(odds比: 0.65; 95%CI: 0.42~0.99)。90日後の累積脳梗塞再発率は、介入群: 1.9%, 対照群: 3.1%だった(odds比: 0.60; 95%CI: 0.33~1.06)症候性頭蓋内出血の発症率は両群で0.2%だった(odds比: 1.00; 95%CI: 0.15~6.45)。

※2: その他の90日後の副次的転帰は以下の通り。

  • 重大な頭蓋外出血・・・介入群: 0.3%, 対照群: 0.8%; odds比: 0.40(95%CI: 0.10~1.31)
  • 全身性塞栓症・・・介入群: 0.4%, 対照群: 1.0%; odds比: 0.42(95%CI: 0.12~1.21)
  • 血管死・・・介入群: 1.8%, 対照群: 1.7%; odds比: 1.04(95%CI: 0.52~2.08)
  • あらゆる原因による死亡・・・介入群: 4.5%, 対照群: 4.8%; odds比: 0.93(95%CI: 0.61~1.43)
  • 重大ではない出血・・・介入群: 4.0%, 対照群: 4.2%; odds比: 0.94(95%CI: 0.59~1.47)
  • mRS≦2・・・介入群: 66.6%, 対照群: 65.8%; odds比: 0.93(95%CI: 0.79~1.09)

④安全性について

 あらゆる重篤な有害事象(90日後)は介入群で132名(13.9%), 対照群で157名(15.8%)で発生した。

⑤Per-protocolプロトコルに従って治療された被験者だけでの)解析とsubgroup解析

 プロトコルに従って治療された被験者では、主要転帰と副次的転帰の結果は主要解析と類似していた。Subgroup解析ではsubgroup間での効果の不均質性は明らかでなかったが、ELAN trialはsubgroupを解析できるだけの力はなく, 複数比較の為のCIの広さに対する修正は行われなかった。

 

(4)考察

 ELAN trialの統計学的仮説では優位性ないし非劣性は検証されず, また結果は質的なデータを提供することを意図されていた。この試験の主要転帰は、おそらく臨床医が最も関心を寄せているであろう脳梗塞再発, 全身性塞栓症, 症候性頭蓋内出血であった。30日後において、脳梗塞が再発したのは介入群: 1.4%, 対照群: 2.5%であり, 全身性塞栓症は介入群: 0.4%, 対照群: 0.9%, 症候性頭蓋内出血は両群で約0.2%であった。95%CIの幅をもとにすると、このデータは主要転帰イベントリスクの約2.8 percentage point減少から0.5 percentage point増加という範囲を有する治療効果と一致する。従って、適応がある, ないし 望ましい場合において、DOACsの早期開始は支持されうる90日後の転帰発生率は、30日後のそれよりも僅かに増加しただけであり、この知見は、この期間(脳梗塞発症後90日間)におけるDOACs早期開始に関連した過剰リスクは無いことを示唆している。

 NIHSSスコアは脳梗塞の位置とサイズに依存するため、画像に基づく重症度を使用した。複数の研究において、梗塞巣サイズは出血性変化リスクと関連していた。ELAN trialでも、画像による分類を用いると、早期のDOACs開始した場合でも症候性頭蓋内出血の発症率が低いことが示唆された。NIHSSによる重症度分類を用いる判断も有用なのか否か, 及び 心房細動と重症脳梗塞がある患者が発症後6日より前の時期に抗凝固療法開始が可能なのかどうかを決定する更なる研究が必要である。

 なおELAN trialの欠点には以下のようなものが挙げられる。

  • Baselineで既に治療目的の抗凝固薬を投与中であったり, ランダム化時にNIHSSスコアが低かった患者を除外している。
  • Subgroupを検証する統計学的な力が限定的であり、その為subgroupの結果から結論を出すことができない。
  • 被験者の多くは欧州の施設に入院していた患者で、白人の割合が高い。他の集団に適用することが難しいかもしれない。
  • 脳梗塞重症度の分類を中枢で行わなかった。
  • 脳梗塞巣内, 或いは 脳梗塞内とその外に跨る出血性変化(Heidelberg分類における実質内出血 type 1 or 2)がランダム化にある患者は除外されたので、こうした患者集団での早期DOACs開始について助言はできない。