Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

YouTubeチャンネルを更新しました。

 こんばんは。現役救急医です。最近またブログ(とYouTube)の更新が止まりがちです。仕事が忙しいのはもちろんのこと, ネタもすぐには浮かばないし, 詳細は言えませんがプライベートとキャリアの両立に関する悩みがここ最近益々増えてしまい、気分的にpositiveな方向に行けませんでした。

 ですが最近、Twitter上で何やら医学部医学科入試の『地域枠』に関して、特に医療従事者がガヤガヤと騒がしかったので、私も少々思うことがあり、遂にブログとYouTubeの更新を決意した訳です。

youtu.be

 今の日本の医療には、急性期病院の集約化, 負担が大きく、なり手も少ない部署・診療科の待遇の見直し, 医師に集中する権限・業務の分散, 急性期病院の入院期間の短縮etc.と、まだまだ未解決の課題が多く残されています。ぶっちゃけ、『医療崩壊』が叫ばれ始めた2000年代初頭頃に見直しておけば良かったものを、現在に至るまで解決せずに引きずってきたものばかりです。そして、解決を先送りにした尻拭いを若者にさせようという訳です。なんと馬鹿げた話なのでしょう。現場の医療従事者 - 特に若手スタッフ -や、医学生らはもっと怒って良いと思います。

肺血栓塞栓症除外アルゴリズムに関する研究

 こんばんは。現役救急医です。今日はJAMAというジャーナルに12/7に発表された論文(Freund Y., Chauvin A. et al. JAMA. 2021;326(21):2141-2149)を紹介してみます。特に統計学的な話がややこしかったので、省略したり雑に訳していたりする部分もありますがご了承下さい。

 

(1) Introduction

 肺塞栓症(PE; pulmonary embolism)が疑われる患者への診断アルゴリズムは依然議論の対象である。従来のアルゴリズムでは、検査前確率, D-dimer値, 閾値を超えるD-dimer値の患者での肺血管造影CT(CTPA; computed tomography pulmonary angiography)ないし肺換気/血流scanning撮影 を用いている。CTPAは頻繁に用いられるが、報告された診断率は10%のみである。

 他にも様々な診断アルゴリズムが提案されている。

  • 検査前の確率が低い患者の場合、PERC(PE rule-out criteria)8項目(①年齢≧50歳, ②心拍数≧100/min., ③動脈血酸素飽和度<95%, ④片側の下肢の腫脹, ⑤血痰, ⑥直近の外傷or手術, ⑦PEや深部静脈血栓症の既往, ⑧エストロゲン製剤使用)に該当しないこと, もしくは、50歳以上の患者でD-dimerのcutoff値に「年齢 x 10 ng/mL」を使用すること, で安全にPEを除外できる
  • YEARS ruleYEARS criteria(①PEが最も可能性がある診断, ②深部静脈血栓症の臨床症状, ③血痰, の3項目)を満たさない患者にD-dimer cutoff値=1,000 ng/mLを併用することで、安全にPEを除外できる

なおYEARS ruleはランダム化試験で検証されていない。

 この研究は救急部(ED; emergency department)において、RERC ruleで除外されていないPE疑いの患者に対し、YEARS ruleと, 年齢調整したD-dimer cutoff値 を併用することによりPEが安全に除外されるかどうか検証することが目的である(Figure 1)

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Figure 1: Intervention群とcontrol群の診断基準

 

(2) Methods

① Study Design

 この研究はclusterランダム化を用い, crossoverを伴う非劣性試験である。この研究に参加したのは、スペインのED2ヶ所とフランスのED16ヶ所であった。

 各EDは、1) 4ヶ月間のcontrol strategy(詳細は後述) period→2ヶ月間のwashout period→4ヶ月間のintervention strategy(詳細は後述) period, ないし 2) 1)の逆の順序, のいずれかへ1:1の比でランダム化された。ランダム化では国とEDの規模による階層化も行われた。

② PICO

 1. Patients selection

 患者の登録は2019年10/1~2020年10/8の間に行われたが、COVID-19感染拡大の影響により患者登録は2020年3/15に一旦中止され, 4~6週間後に再開された。

 PEの診断は半構造化されていた。第1段階は救急医による臨床的な検査前確率の評価だった。主観的な臨床的可能性が採用された。

  • 急性発症の胸痛, 呼吸苦の増悪, and/or 失神といった臨床的にPEを疑わせる症状がある
  • PERC scoreの項目1個以上でPEである主観的な可能性が低い(<15%), もしくは PEである主観的な可能性が中等度(16~50%)である

の基準を満たす患者が参加登録した。他方、1) PEである主観的な可能性が高い患者(>50%), 及び 2) PERC scoreが0点でPEである可能性が低い患者, 並びに 以下のいずれかに該当する患者は除外された。

  • 重症:  呼吸不全あり, 低血圧, 末梢酸素飽和度<90%
  • 抗凝固療法中
  • 現在進行形で血栓塞栓症と診断されている
  • 妊娠中
  • 矯正施設収容中の人
  • PE以外の原因と明白に関連する症状がある

 2. Intervention strategy period

 PE除外にYEARS criteriaの評価とD-dimer検査値の両方を使用したPEは、1) YEARS criteriaに該当せず、D-dimer値<1,000 ng/mL, もしくは 2) YEARS criteriaに1個以上該当し、D-dimer値が年齢調整した閾値(50歳以上にて「年齢 x 10 ng/mL」)未満, のいずれかに該当した場合に除外された他の診断である可能性がPEの可能性よりも低い場合において、PEの可能性が最も高いと考えられた。D-dimer値が閾値を超える場合、胸部画像撮影を行なった(Figure 1)

 3. Control strategy period

 現行の推奨に則り診断を行なった: つまり全患者でD-dimer値を確認し, 閾値は年齢調整した値とした。年齢調整した閾値を上回るD-dimer値であった場合、胸部画像撮影を実施した(Figure 1)。 

 4. Outcome

 Outcomeは患者個人レベルで解析した。

1) Primary Outcome:  初回ED受診でPEを除外してから3ヶ月後における静脈血栓塞栓症(VTE; venous thromboembolism)(=診断失敗)。

 Primary outcomeの発生は、初回ED受診から3ヶ月後に患者本人へ電話インタビューすることで決定した。症状が悪化ないし再発した場合、全ての患者へ再度同じ病院を受診するように指導がされていた。ED再受診 or 入院が起きた事例については、臨床研究技術者が医療記録を見直した。

2) Secondary Outcome:  以下の6項目が解析された。

  • 救急医がオーダーした胸部画像検査(CTPA ないし 肺換気/血流scan)
  • ED滞在時間
  • ED受診後の入院
  • 抗凝固薬投与
  • あらゆる原因による死亡
  • 3ヶ月後における、あらゆる原因による入院

統計学的解析

 非劣勢の境界は1.35%と設定された。Intervention群における失敗率の1-sided 97.5%信頼区域(CI; confidence interval)の上限に基づいて、intervention starategyの安全性が評価された。Control群における失敗率を0.5%と予想し, 2-sided α riskは5%・βは20%と設定すると、857名の患者が必要となった。

 非劣性試験なので、非劣性仮説を有利とすることを避ける為に、primary end pointはper-protcol populationで評価したPer-protcol populationでは、1)参加登録基準, 及び 非参加登録基準に合わなかった患者, 2)各EDへ割り振られた診断基準を用いずに治療された患者, 3)primary end pointの数値が不明, ないし 4)その他の重大なprotcol逸脱があった患者 除外されたAs-randomised populationでは、primary end pointの数値がない患者はend pointを満たしていないと定義された。Primary outcomeのsensitivity analysisは、multiple imputationを用いて行なった(欠落したデータを補正する為)。

 Per-protocol populationに対するpost hoc analysisは、YEAR scoreが0点である患者のsubgroupにて行われた。このsubpopulationにおける胸部画像検査の割合も、両群に関して記述された。胸部画像の診断率は、PEと診断された件数を胸部画像撮影数で割ることにより求めた。

 未調整差異("unadjusted difference")と95%CIを、2変量に対してはexact methodを用いて, 連続変数に対してはBrookmyer法・Crowley法という方法を用いて計算した。

 3ヶ月後のVTEの頻度は、一般化線形回帰混合モデル・ベルヌーイ分布という方法で評価した。Secondary end pointは、優越性仮説に基づいて, as-randomized populationにおいて2群間で比較された。Secondary end pointのsensitivity analysisはper-protcol populationで行われた。Secondary end pointの不明な数値は置換されなかった。1)primary end pointの1-sided 97.5%の上限が、予め設定しておいた非劣勢解析の境界を下回る場合, 及び 2)secondary end pointの95%CIが"the null value"を含まない場合 に、統計学的優位であると考えられた。

 

(3) Result

 研究には、as-randomized populationとして1,414名が含まれたintervention strategy群には726名, control strategy群には688名が含まれた(Figure 2)。なお、37名(2.6%)の患者でprimary end pointが欠落していたので、as-randomized populationでは0に置換された。参加登録対象外の患者と重大なprotcol逸脱の患者を除外した結果、1,271名がper-protcol analysisの対象となったintervention群: 648名, control群: 623名)。

  • 平均年齢:  55歳
  • 女性:  58%
  • EDでPEと診断された患者:  100名(intervention群: 54名[7.4%], control群: 46名[6.7%]; 差異: -0.8%[95%CI: -2.0~3.5])

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Figure 2: 患者(やED)の割り付け

 Per-protcol populationにおいて、3ヶ月後にPEと診断されたのは6名だったintervention群: 1名, control群: 5名(Table 2)(診断)失敗率は、

  • Intervention群:  0.15%(95%CI 0.00~0.86)
  • Control群:  0.80%(95%CI 0.26~1.86)

であった。2群間の調整後の失敗率の差異は-0.64%(1-sided 97.5%CI: -∞~0.21)であり、非劣勢境界である1.35%を下回っている。As-randomized populationでも結果は同様だった

 As-randomized populationにおいて、EDで胸部画像を撮影されたのは496名(35.1%)だった:

  • Intervention群:  221名(30.4%)
  • Control群:  275名(40.4%)
  • 両群間の差異:  調整前: -9.6%, 調整後: -8.7%(95%CI -13.8~-3.5)

ED滞在期間中央値は、

  • Intervention群:  6.0時間
  • Control群:  6.0時間
  • 両群間の調整後の差異:  -1.6時間(95%CI -2.4~-0.9)

だった。Per-protcol populationでも同様の結果が得られた

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Table 2(primary end point)とTable 3(secondary end point)

 他のsecondary outcomeについて、両群間で統計学的な差異は認められなかった(Table 3)Per-protcol population, as-randomized population, or multiple imputationを用いたas-randomized populationにおいて、有意な時間的効果は証明されなかった。上記2個の診断基準を使用する順序は3ヶ月後のVTEリスクと関連しておらず, model内へ採用されなかった("was not kept in the model")。

 Per-protcol population中に、YEARS score 0点の患者は合計で956名が居たintervention群: 515名, control群: 441名)。これらの患者に限定したpost hoc analysisによると、intervention群でPE見逃しは無く(失敗率:  0.00%[95%CI 0.00~0.71], 非劣勢境界を下回る), control群でPE見逃しは3名だった(失敗率:  0.68%[95%CI 0.00~1.45])。この集団におけるpost hoc analysisでは、胸部画像を撮影したのは

  • Intervention群:  22.9%
  • Control群:  37.2%

であり、絶対的な減少幅は14.3%(95%CI 8.3~20.2)であった。

 

(4) Discussion

 PE疑いでPERC陽性であるED患者に対する多施設参加型・clusterランダム化・corssoverあり臨床試験にて、YEARS ruleと年齢調整したD-dimer cutoff値を併用する診断基準は、従来の診断基準と比較して、3ヶ月後のVTEの割合の非劣勢に繋がった。Interventionは胸部画像検査使用の統計学的に有意な減少と関連していた。

 YEARS ruleは将来的に(or前向きに)検討されているが、ランダム化試験で評価されていないし, また PERC ruleと年齢調整したD-dimer cutoff値との組み合わせも使用されていない。この研究では、胸部画像撮影のintervention群とcontrol群間の絶対的差異は10%であるこの減少幅は、過去の前向きコホート研究で見られた数値(絶対的減少幅=14%)より小さかった。この過去研究では、PEであることの臨床的な可能性が低く, PERC criteriaに該当しない患者(≒YEARS criteriaに該当しないと思われ、従って胸部画像撮影も行われなかったであろう患者)も参加登録されていたことが原因である。YEARS criteria使用が、PERC陽性だった患者集団における胸部画像撮影の有意な減少と関連していたという事実は、これら2基準の併用の価値を強調するものである。

 この研究におけるPE有病率は7%であり、過去の研究で報告された13%より低かった。これは、後者の研究(=過去の研究)では臨床的な可能性が高い患者が参加登録され, また YEARS score 0点の患者が50%のみであったことにより説明可能である。今回の研究では、参加登録した患者のうちYEARS scoreが0点だったのは80%超であり, PE有病率の合計も低かった。

インドでのアストラゼネカ製コロナワクチンの有効性

 こんばんは。現役救急医です。今日は久々に論文を紹介してみます。Lancet Infectious Diseaseというジャーナルへ2021年11/25に発表された論文"Effectiveness of ChAdOx1 nCoV-19 vaccine against SARS-CoV-2 infection during the delta variant surge in India: a test-negative, case control study and a mechanisitic study of post-vaccination immune responses."(Thiruvengadam R., Awasthi A. et al.)が元ネタです。

 

(1) Introduction

 SARS-CoV-2は、スパイクタンパクの受容体結合領域(RBD; receptor-binding domain)と, アンギオテンシン変換酵素2受容体(angiotensin-converting enzyme 2 receptor)の相互作用によってヒト呼吸器上皮細胞に侵入する。ウイルスのRBD変異は、ワクチンにより生成された抗体による中和活性低下に繋がる可能性がある。しかし、たとえ中和活性が低下し, ウイルスが細胞内に侵入したとしても、細胞性免疫がCOVID-19に対して予防的に働く可能性があるインドではデルタ株によって、2021年4~5月の間にSARS-CoV-2感染拡大が発生した。2021年4月までの時点で、ワクチン接種を受けた888,064,065名中、649,886,100名(73.2%)は1回目接種, 238,177,965名(26.8%)は2回目接種を終えていた。インドのワクチン接種プログラムは多くがオックスフォード大・アストラゼネカ(AstraZeneca; 以下AZ)製のChAdOx1 nCoV-19ワクチンであった。この研究では、2021年4~5月の間のインドにおけるAZ製ワクチンの有効性評価を目的としていた。加えて、健康なAZワクチン被接種者において、懸念すべき変異株(VOC; variants of concern)に対する生ウイルス中和活性と細胞性免疫反応を評価することも目的としていた。

 

 

(2) Method

① Study Design

1. ワクチン有効性の評価

 被雇用者州保険組合医科大学(Employee State Insuarance Corporation Medical College; ESICMC)附属病院 ないし Translational Health Science and Technology Instituteで, 2021年4/1~5/31の間に, SARS-CoV-2感染症疑いの為RT-PCR検査を受けた人において、ワクチン有効性を評価する為に検査陰性症例対照研究を行った

 PCR検査で陽性となった人は全員症例("case")に含まれた対照例("control")PCR検査陰性の人からランダムに選出され、検査期日を症例とmatchさせた

 ワクチンの種類・接種回数・接種期日等のデータと, COVID-19の臨床症状は電話アンケートにより収集した。なお『完全接種済("complete vaccination")』とはここでは2回目接種から14日以上経過したことを示している。『1回目接種済』とは2回目接種はまだだが、1回目接種からは21日以上経過したことを示し, 『未接種』とは1回目接種を受けておらず、対照群に入った人のことである。

  • 酸素投与が必要
  • ICUへ入室
  • 人工呼吸器を使用
  • 死亡

のいずれか1つを報告した患者は『中等症・重症COVID-19』と定義した。

2. 中和活性等の評価

 ESICMC附属病院でワクチンを接種され, 完全接種済である59名が参加した。この参加者は、ワクチン有効性評価の為の集団から参加していた。採血前にPCRで陽性, 或いは 採取した血液検体にて抗ヌクレオカプシド抗体が陽性となった参加者は除外された。

 血液検体には、血清と末梢血単核球(PBMCs; peripheral blood mononuclear cells)の抽出処理を行なわれた。

 組換えスパイクタンパクRBD ELISA法によってIgG抗体を測定した。具体的には、血清サンプルを1/20~1/640まで連続して希釈し, 分離されたSARS-CoV-2 4種のうち1種と一緒に培養することで、ウイルス中和assay力価を推定した

 従来型SARS-CoV-2の組換えRBDタンパクを人工的に作成・精製した。VOCのRBD作成・精製は、アルファ株・ベータ株・カッパ株・デルタ株に特徴的な変異を発生させることで行なった。

 従来型とデルタ株の全スパイクペプチドプールによる刺激に対するCD4 T細胞・CD8 T細胞の反応は、活性化PBMCs培養の上澄み液, activation induced marker assay, 細胞内サイトカインassay, におけるサイトカインビーズarrayによって検査した。

 抗原特異的なCD4・CD8 T細胞の反応は、インターフェロンγ(IFNγ)・インターロイキン2(IL-2)・腫瘍壊死因子α(TNFα)の産生, 及び effector molecules granzyme B・perforinの発現により判定した。

 1 wellごとに100万個の細胞を入れ, 2 μg/mLのペプチドプールで18~22時間刺激し, その後monensinで6時間刺激することで細胞内染色を行なった。従来型とデルタ株のスパイクペプチドプールへの反応を見るため、CD4 T細胞内のIFNγ・IL-2・TNFα発現とCD8 T細胞内のIFNγ・granzyme B・perforin発現を調べた。細胞には細胞外・細胞内マーカー染色が行われ, フローサイトメトリーによる分析が行なわれた。従来型とデルタ株に特異的な変異ペプチドプールへ反応してIFNγを分泌する細胞の頻度を決定する為、ELISpotが行なわれた。

 全体的な抗原特異的T細胞反応をより広く理解する為に、activation-induced marker assayを行なった。CD4・CD8 T細胞の活性化は、従来型orデルタ株のスパイクペプチドプールによる刺激に対するCD4 T細胞表面でのOX40・CD137発現, 及び CD8 T細胞表面でのCD69・CD137発現を評価することで計測した。RBD特異的なT細胞反応を調べる為、PBMCsは従来型RBDタンパクと, 変異RBDタンパクで刺激された。

② Outcome

 Primary outcomeは、検査で診断したSARS-CoV-2感染症に対するAZ製ワクチン2回接種の有効性である。Secondary outcomeは、

  • SARS-CoV-2感染症に対する1回目接種の有効性
  • 中等症・重症COVID-19に対する1回目接種の有効性
  • 中等症・重症COVID-19に対する完全接種の有効性

だった。他に、AZワクチン被接種者における

  • VOCに対する生ウイルス中和活性
  • VOCに対するT細胞免疫反応

もoutcome(additional outcome)に含まれた。

統計学的解析

 完全接種済のワクチン有効性は、1回目接種済の人を除外後に, 未接種の人と完全接種済の人を比較することで推計した。1回目接種のワクチン有効性は、完全接種済の人を除外後に, 未接種の人と1回目接種済の人を比較することで推計した。調整odds比(aOR; adjusted odds ratio)と95%信頼区間(CI; confidence interval)は、多変量ロジスティック回帰モデルという方法を用いて推計した。最終的なワクチン有効性推計値は、(1-aOR)x100[%]という式を用いて算出した。中等症・重症COVID-19に対するワクチン有効性は、軽症COVID-19患者を対照群として用いることによって求めた。

 異なるVOC間の生ウイルス中和活性を比較する為、各変異株に対する幾何平均力価を計算し, 従来型の力価を参考値とする、対数変換された力価の値によって分散の解析を行なった中和抗体or定量的なIgG抗体値と, T細胞のIFNγ・IL-s産生 の間の相関を評価する為に、ピアソン相関係数というものを用いた各変異株と従来株に対するIFNγの反応のpair-wiseな倍数変化を計算し, Wilcoson matched-pairs signed-rank testという方法で比較した

 

 

(3) Result

1. ワクチン有効性

 2021年4/1~5/31の間にPCR検査を受けた8,850名のうち、7,132名(80.6%)が臨床研究への参加に応じた。

  • 対照例:  PCR陰性だった5,163名のうち4,036名(78.2%)が参加
  • 症例:  PCR陽性だった3,687名のうち3,086名(83.7%)が参加

この中から電話インタビューに同意しなかった人, 以前の感染拡大で陽性となった人, 2021年4/1より前に検体を採取された人を除いた結果、この研究へ参加登録可能だったのは

  • 対照例:  3,695名
  • 症例:  2,883名

であった。症例と対照例をmatchさせ、データベース上陰性だが後で陽性と報告された476名と, AZ製ワクチン以外のコロナワクチンを接種された276名を除外後、ワクチン有効性解析には

  • 症例:  2,766名
  • 対照例:  2,377名

が含まれた。

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Figure 1

 SARS-CoV-2感染症に対するAZ製ワクチン2回接種の有効性を推計する為に、症例2,379名対照例1,981名が解析に含まれた(Figure 1)症例群で完全接種済だったのは85名(3.6%), 対照例群で完全接種済だったのは168名(8.5%)だった(aOR 0.37, 95%CI 0.28~0.48); SARS-CoV-2感染症に対する完全接種済の有効性は63.1%(95%CI 51.5~72.1)だった1回目接種(のみ)済は

  • 症例群:  2,451名中157名(6.4%)
  • 対照例群:  1,994名中181名(9.1%)
  • aOR:  0.54 (95%CI 0.42~0.68)

であり(Figure 1)SARS-CoV-2感染症に対する1回目接種の有効性は46.2%(95%CI 31.6~57.7)だった。中等症・重症COVID-19症例84名のうち完全接種済は1名(1.2%)で, 軽症COVID-19症例2,295名のうち完全接種済は84名(3.7%)だった(aOR 0.19, 95%CI 0.01~0.90)。すなわち、中等症・重症COVID-19に対する完全接種済の有効性は81.5%(95%CI 9.9~99.0)だった(Figure 1)。死亡例は

  • 未接種 or 不完全接種群:  16名
  • 完全接種群:  0名

だった。1回目接種済は

  • 中等症・重症COVID-19症例:  87名中4名(4.6%)
  • 軽症COVID-19症例:  2,364名中153名(6.5%)

なので、中等症・重症COVID-19に対するAZ製ワクチン1回目接種の有効性は79.2%(95%CI 46.1~94.0)だった。

 

2. 中和抗体活性など

 59名の健康な完全接種済参加者のうち、49名の血清で中和活性が検査された。

  • 2回目接種〜血液検体採取までの期日中央値:  61日
  • 抗RBD IgG抗体濃度中央値:  234.6 ELISA laboratory unit/mL
  • 従来型ウイルスに対する中和抗体幾何平均力価:  599.4(95%CI 376.9~953.2)

従来型に対する幾何平均力価と, 対応するIgG抗体濃度の間に強い相関が認められた従来型に対するそれと比較して、変異株に対する中和抗体幾何平均力価は有意に減少していた(Figure 2)

  • アルファ株の幾何平均力価:  244.7(95%CI 151.8~394.4; p=0.036)
  • カッパ株の   〃     :  112.8(95%CI 72.7~175.0; p<0.0001)
  • ベータ株の   〃     :  97.6(95%CI 61.2~155.8; p<0.0001)
  • デルタ株の   〃     :  88.4(95%CI 61.2~127.8; p<0.0001)

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Figure 2: 従来型とVOCsに対する中和抗体の力価

 サイトカインビーズarrayをワクチン被接種者48名から採取した検体に行い, うち47名で反応が見られた。従来型のスパイク特異的ペプチドプールで刺激された検体と, デルタ株のそれにより刺激された検体中では、IFNγ, IL-2, TNFα産生に有意差は見られなかった(Figure 3A~C, Table 3)細胞内サイトカインassayでは、従来型とデルタ株双方のスパイクペプチドプールが、CD4 T細胞でIFNγ・IL-2・TNFαの発現を, CD8 T細胞でIFNγ・granzyme B・perforinの発現を同様に誘導した(Figure 3D~I, Table 3)全体的な抗原特異的なT細胞反応も、従来型のスパイクとデルタ株のスパイクペプチドプールの双方がCD4 T細胞・CD8 T細胞のactivation induced markerの発現を誘導した(Figure 3J, K, Table 3)

 T細胞反応に対するデルタ株の変異領域の特異的な影響をより多く評価する為、IFNγ-linked ELISpotを実施した。従来型と比較して、デルタ株に対する抗原特異的なT細胞免疫反応は維持されていた(Figure 3l)

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Figure 3 A~L: ワクチン被接種者の検体における、従来型・デルタ株のスパイク抗原に対するT細胞免疫反応

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Table 3: ワクチン被接種者におけるT細胞免疫反応

 中和抗体の幾何平均力価とT細胞のIFNγの反応の間, もしくは 血清中の抗RBD IgG抗体濃度とT細胞のIFNNγの反応の間で、有意な相関は認められなかったIL-2発現と血清中の抗RBD IgG抗体濃度の間には有意な正の相関が認められた。

 従来型とVOCのRBDタンパクに対するT細胞の反応を理解する為、59名の被接種者で抗原特異的なT細胞の反応を検査した。59名中、野生型or変異型RBDタンパクでPBMCsを刺激後にT細胞の反応が見られたのは40名だった。この40名において、平均IFNγ分泌は全変異株で同等だったものの、ベータ株は野生型と比較してIFNγ分泌が有意に減少していた。反応が無かった19名中、14名では従来型orその他VOCのRBDに対して反応が無かった。従来型とデルタ株の間で、RBDタンパクによるPBMCs刺激後のIFNγ分泌に有意差は認められなかった; しかし、この差は統計学的に有意でなかった。

 

(4) Discussion

 以前の研究では、secondary endpoint解析においてAZ製ワクチンは、ベータ株による症候性COVID-19に対して10.4%(95%CI -76.8~54.8)の有効性があることが分かっている。今回の研究で、インドでデルタ株によりCOVID-19症例数が急増している期間において、SARS-CoV-2感染症に対するAZ製ワクチン完全接種済の有効性は63.1%であることを報告した。イングランドスコットランドの研究では、デルタ株による感染症へのAZ製ワクチンの有効性が60.0~67.0%であることが報告されている。

 この研究のstrengthは、WHOが推奨している検査陰性・症例対照design(危険性・受診の機会を探すこと・被接種者と未接種者の医療へのアクセスと, ワクチン有効性推計値とランダム化試験のそれとの比較検討 の間のバランスを取ったもの)を使用したことである。年齢, 性別, COVID-19曝露リスクを調整することで、ワクチン接種を優先された集団の潜在的なバイアスを最小化した。この研究の対象期間において、インドの合計ワクチン接種率は低かった。この研究の知見を解釈する際に、この低い接種率を考慮する必要がある。他にこの研究では、重症COVID-19症例が少なく, 大半の患者は軽症COVID-19であったこれは重症COVID-19に対するワクチン有効性の推計値を不安定にする可能性があり、事実、95%信頼区間は広かった。この研究のpopulationは、職場でのCOVID-19曝露がハイリスクである人が少なく, 若年男性が多かった。このパターンは、異なる状況でワクチン有効性を検証する研究を行う必要性を強調している。

 スパイクタンパクのRBD領域の変異は中和IgG抗体との結合を低下させる。その為、以前の研究ではデルタ株に対するワクチンの中和能力減少が見られていた。今回、VOCsに対する中和能力は有意に減少し, 特にデルタ株で顕著だった重複するペプチドプールとRBDタンパクを用いて、SARS-CoV-2の完全なスパイクタンパクに対するCD4 T細胞とCD8 T細胞の反応を検証した。従来型ないしデルタ株に対するT細胞の免疫反応について、有意差は見られなかったこれらの観察結果は、ファイザー製 or モデルナ製コロナワクチンを接種された人では変異株のペプチドプールに対する合計IFNγ分泌の減少が有意でなかった(つまりVOCsに対するT細胞の反応が十分であった)ことを示した既知の報告と一致する。中和抗体の幾何平均力価とT細胞のIFNγの間の相関は乏しかったものの、抗体の反応とPBMCsによるIL-2産生の間に有意な正の相関が見られた。これらの観察結果は、液性免疫反応とT細胞免疫反応の間で相関が乏しかったCOVID-19回復者における過去の観察結果と一致する。過去の研究では、RBDタンパクの免疫優勢なS346-S365領域の維持が、CD4 T細胞の反応において重要であることが示されている。この領域は、VOCsの変異の影響を受けない。別の研究では、SARS-CoV-2変異株において、CD4 T細胞のepitopeの約93%と, CD8 T細胞のepitopeの約97%が保たれていた。つまり、SARS-CoV-2の新規変異株の点変異に対する細胞性免疫反応はほぼ保たれている可能性があるのだ。

 

※追記:  久々にYouTubeチャンネルを更新しました。先日の『日本版CDC』に関する話題に関する動画を作成した他、ちょっとしたおふざけ動画もアップロードしています。是非ご覧下さい。

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【衝撃的事実】『日本版CDC』創設は2009年時点で構想が存在していた

 こんばんは。現役救急医です。私が去る11/21~23の間、第49回日本救急医学会総会に参加していたことは以前述べた通りですが、実はこの学会の講演, ないし セッションで非常に興味深い話がありました。

 学会最終日の11/23午前中に、川崎市健康安全研究所所長で政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会委員でもある岡部信彦先生による講演がありました。その講演で私は、感染症法は1999年に初版(?)が発効したことを初めて知りました。しかし最も印象的であったことは、2003年に発生し世界中へ拡大したSARSを受けて感染症対策への国の役割強化が図られたこと, そして2009〜10年にかけてパンデミックとなったH1N1インフルエンザを受けて、「『感染症危機管理体制を作り、人材を育成する』・『サーベイランスを強化する』・『各病院における院内感染防止を支援する』等の対策が必要である」という結論が既に導き出されていたことでした。なお岡部先生曰く、2009年の頃と比べると今日は政治と科学の間のgapは狭まっているそうです。

 それに加えて、先日の昼休みに私は『日本版CDCは必要か?』というトピックの特別企画のオンデマンド配信(本番は11/23午後にあった)を見ていました。その中で私は驚愕の(?)事実を知りました。2009年7月の時点で日本医学会は『Japan CDC創設に関する委員会』を設置しており、2012年12月に同会が『Japan CDC創設に向けての提案』を出し、その翌年には当時の安倍晋三首相へ提案を行っていたというのです(厚労省内部でも同調する動きがあったそうです)。そして2012年の提案の中では、国民の健康に関する情報の一元化や, 科学的評価を事前並びに事後に行う機構を揃えること, 及び 感染症生活習慣病放射線被曝への対応と予防を目的として、日本版のCDCを創設することを提唱していたというのです。CDCとは"Center for Disease Control and Prevention"の略称で、大雑把に言うと感染症対策を担っている米国の政府機関です。「それに相当する政府機関を日本にも創設すべき」という提言が今から10年くらい前に既になされていたのです。

 しかし実際はどうだったでしょうか?2021年12月初旬現在、ワクチン接種が拡大したことで日本の感染者数が落ち着いていることは事実です。また尾身茂先生や忽那賢志先生, 高山義浩先生, 西浦博先生, 岩田健太郎先生らその道のプロフェッショナルがCOVID-19に関して一般向けに発信を続け、特に尾身先生は政策立案・実行を巡って内閣を含む面々と幾度に渡り折衝を重ね,  尚且つ国会や記者会見の場での質疑応答もこなす等して粉骨砕身とも言うべき有様でした。ですが、とりわけ2021年8月の第5波において、日本中でCOVID-19患者・家族と医療従事者が悲惨な境遇に立たされたことも事実です。「もし政府(或いは内閣の面々)がパンデミック前に有識者の提言を真面目に受け入れていたら」・「もしメディアがパンデミック前に提言を取り上げて、社会全体の関心を励起していたら」・「もし野党がパンデミック前に国会で、提言を採用するよう政権へ迫っていたら」と思うと、やり場のない怒り・悲しみが込み上げてきます。

 

 このブログやYouTube動画で繰り返し紹介している『失敗の本質』では、ノモンハン事件ミッドウェー海戦ガダルカナル島の戦いインパール作戦等の事例を通して、アジア太平洋戦争における日本の敗因を分析していますが、その中でしばしば見られるパターンとして、「敵の動向に関して注意を要する情報をもたらしたり, 作戦計画の問題点を指摘した将校が居たのだが、彼らの意見は大抵無視された」・「敵情を甘く見て強気に出て、壊滅的打撃を被る」といった経緯があります。また、半藤一利氏が対米開戦に至った経緯を追った著作『なぜ必敗の戦争を始めたのか 陸軍エリート将校反省会議』を読むと、旧陸軍は日本の国力・物量を試算した結果、対米英長期戦が困難であると判明したことから、南下(≒北部仏印まで既に進駐していたので、それより南への進出)に対し一度消極的になった経緯が記されています。ですが、それでも結局日本は南部仏印まで進駐し(そして米国からは、それまでの鉄屑の禁輸措置に加えて石油全面禁輸を喰らう)、その後真珠湾攻撃マレー半島上陸により対英米蘭戦争を始めてしまっているのです。そこまで突き進んでしまった背景には様々なものがあるのですが、大まかに言うと、①海軍が、対ソ連戦争を意識している陸軍への対抗意識から南下を主張したこと, ②陸海軍双方や政府内で親独派の声が大きく、「ドイツが欧州であれだけ優勢ならば我々も」と考えていたフシがあったこと, 及び ③米英から各種禁輸措置を受けており、南方で資源を確保したかったこと, などが挙げられます。いずれにせよ、そうやって戦端を開いてみた結果が1945年の敗戦であり、敗戦までに餓死を含め多くの兵士の命が前線で失われ, アジア太平洋各地では現地住民が様々な形で巻き添えを喰らい, 日本本土・沖縄でも地上戦・空襲・原爆に巻き込まれ多くの民間人が亡くなってしまった訳です。

 

 

 こうした戦時中の事例と、冒頭の日本版CDCに関する経緯を比較してみると、一定の共通点があるように私は思います。すなわち、

① 集めた情報を基に論理的ないし精密な分析・予測・試算を出来る人が政府内に居るものの、結局その人たちの提言は無視される。

② そういった情報や分析等を蔑ろにしたまま危機的状況へ突入し、泥沼にはまり、多大な犠牲を生む。

の2点です

 私たちは幼い頃から、「先の大戦の惨禍は繰り返さない」・「平和を誓う」というフレーズをしばしば耳にしてきました。しかしながら、先の大戦において戦線拡大と犠牲の増大に繋がった『過程(プロセス)』への反省や検証は十分だったのでしょうか?そのような『過程』への反省が日本社会全体で共有されてこなかったからこそ、未だに日本で様々な問題が起きていると思うのは私だけでしょうか?このCOVID-19という大災害を機に、より多くの国民(とメディア, 議員, 中央省庁の皆様)が思索と議論を深めてくれることを願います。