Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

ロシア製コロナワクチン1回目接種の有効性

 こんばんは。現役救急医です。久々の更新ですね。既に専門医試験は来週に迫っており、追い込みにかかっていたら自然とブログから遠ざかってしまいました。このブログではずっとコロナワクチンに関する様々な知見を雑ながら紹介していましたが、つい先日、面白そうな論文に出くわしたのでそれを今回は紹介します。今回参考にしたのは、今年7/6に提出・8/20に受理され, 'EClinicalMedicine'というジャーナルに掲載された論文(https://doi.org/10.1016/j.eclinm.2021.101126 )です。

 

(1) Introduction

 2021年5/28時点で、アルゼンチンのCOVID-19症例数は360万人を超え, 死者数は76,135人であった。アルゼンチンのコロナワクチン確保状況は、

  • BNT162b2 mRNAワクチンファイザー - BioNTech): 第3相臨床試験に参加したものの、大量使用に十分な量を確保できず。
  • ChAdOX1 nCoV-19ワクチン: アストラゼネカとパートナーシップ協定を結んだが、十分量を確保できず。
  • Sinopharm/BBIBPワクチン(北京生物学的製剤研究所): 不活化ワクチン。2021年2/28から接種開始。
  • Gam-COVID-Vac/Sputnik Vワクチン(Gamaleya疫学・微生物学国立研究所): 遺伝子組み換えアデノウイルスワクチン(アストラゼカに同じく)。2020年12/29から接種開始。

という状況だった。Sputnik Vを確保した時点で、60歳以上へ接種するためのワクチン確保は限られていた。但し、コロナワクチンの1回目接種だけでも容認できる範囲の免疫と, 最重症COVID-19発症に対する予防が成立するというデータもでていた。従って、COVID-19症例数増・不十分なワクチン確保状況・短期的なワクチン供給を改善する為に1回目接種を優先するという観点で、アルゼンチン保健省は2回目接種の延期を決定した。

 

(2) Method

① Study Design

 この研究は、ブエノスアイレス州に居住する60~79歳の集団におけるSputnik Vの1回目接種の有効性の決定を目的とした、後方視的コホート研究である。なおブエノスアイレス州では、ワクチン接種キャンペーン促進の為に、Vacunate PBAという登録システムを開発した。このデータベースには、登録者が自己申告した年齢, 年齢, 性別, 併存疾患等が登録されている。Vacunate PBAへの登録は2020年12/15に開始された。

 PCRや抗原検査で診断されたSARS-CoV-2感染例に関する情報は2021年5/1時点までのものを取得したなお、その時のブエノスアイレス州の方針により、SARS-CoV-2感染診断例は主に有症候性の症例を反映している。また入院・死亡例に関する情報は2021年5/15までに記録されたものである。SARS-CoV-2感染例・入院例・死亡例は、全国規模のデータベースから収集した。

② 参加者について

 2021年3/21までに、Vacunate PBA登録者4791,075名中513,432名が冒頭の3種のワクチンいずれかの1回目接種を受けていた。このうち2021年3/21以前にSputnik V接種1回目を受けていたのは203,334名(ブエノスアイレス州で1回目接種を受けた人の39.6%)だけであった。この研究では60歳超の参加者のみが対象となった。ワクチン被接種集団及び未接種者集団への参加登録基準はそれぞれ、

1. 被接種者: 1)60~79歳, 2)2021年3/21以前にワクチン1回目を接種されたが、同年5/1時点で2回目は接種, 3)SARS-CoV-2感染既往なし, 及び 4)ブエノスアイレス州の大ブエノスアイレスを構成する自治体に居住している。

2. 未接種者: 1)60~79歳, 2)2021年5/1時点でコロナワクチンを接種していない, 3)SARS-CoV-2感染既往なし, 及び 4)ブエノスアイレス州の大ブエノスアイレスを構成する自治体に居住している。

であった。

 なお80歳以上については、2021年5/1時点で95%<がワクチン接種を受けていたので、この研究から除外された。被接種者集団のmonitoringはワクチン接種を行った日から開始された。他方、接種集団で正確な発症時期の決定は困難だった。そこで、被接種者集団と未接種者集団における暴露時間を均一とすることにした。具体的には、接種群のmonitoring開始期日に相当する架空のワクチン接種日を創作した。この架空の期日は、被接種者集団の1回目接種期日のサンプルからランダムに拾い上げたものである。全ての参加者は、40日間のmonitoringを受けた。

 この研究に登録されている60~79歳集団は、60~69歳subgroupと70~79歳subgroupへ分割された。アルゼンチンではコロナワクチン接種を80歳以上から開始し, 次に60~79歳集団へ接種していた。各年齢subgroup内の被接種者:未接種者比の不均衡を補正する為に、この比が1:1近くとなるようにmatchさせた。

③ Outcome

  • Primary Outcome: 1回目接種21~40日後にSARS-CoV-2感染と診断された参加者の割合
  • Secondary Outcome: 1回目接種21~40日後に入院・死亡した参加者の割合

 

(3) Results

 アルゼンチンのコロナワクチン接種は2020年12/29に開始された。この研究が実施された期間は夏季であり、ロックダウンは行われなかった。同年12月に1日当たりのSARS-CoV-2感染症例数が増加し, 翌年(2021年)1月の第3週にはピークに達した。同年4月最終週の第2波により、新たな規制(夜間外出と集会の規制)が実施されることとなった。

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Fig. 1

 2021年3/21までに203,334名がSutnik V 1回目接種を受け、うち40,387名は60~79歳で, ブエノスアイレス州ブエノスアイレスに居住していた。他方、この年齢層で接種の参加者は146,194名だった(Figure 1)

 ワクチン(1回目)被接種及び未接種の参加者の数は、

  • 60~69歳subgroup: 被接種者; 12,195名, 未接種者; 119,561名
  • 70~79歳subgroup: 被接種者; 28,192名, 未接種者; 26,633名

であり、60~79歳の集団全体で被接種者:未接種者比は1:3, 60~69歳subgroupで1:10, 70~79歳subgroupで1:1になってしまった(つまり不均衡がある)。そのため、被接種者:未接種者=1:0.97の比にmatchさせた60~79歳の集団を作成した('matched 60-70 subgroup'; 60-79m)。

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Fig. 2

 全ての集団で性別の分布は類似していた。但しmatchさせていない集団内では、被接種者はより高齢で, 併存疾患も多かった。Matching後はこうした差異は消失した。参加者の特性をFigure 2 A~Cに示す。

 フォローアップ期間の分布は両群で等しく、時間依存性の疫学的背景(Figure 2D)と暴露時間(Figure 2E)が類似していることを示した。暴露時間中央値は44日間(95%CI 43~45)だった。

 60-79m groupにおいて、接種後21~40日のSARS-CoV-2感染に対する有効性は78.6%(95%CI 74.8~81.7), 入院に対する有効性は87.6%(95%CI 80.3~92.2), 死亡に対する有効性は84.8%(95%CI 75.0~90.7)だった。

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Table 3

 Sputnik V1回目を接種された参加者において、接種後14~20日SARS-CoV-2感染例に対する有効性は87%(95%CI 81~91)だった。入院に対する有効性は21~27日及び28~34日で最大であり, 94%(95%CI 75~99)だった。死亡予防効果は38~34日で93%(95%CI 81~98)その前の期間よりも高値であった。35日目以降、感染に対する有効性は78%(95%CI 71~82), 入院に対する有効性は90%(95%CI 77~95)だった。Table 3に全ての結果を示す。

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Table 4

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Fig. 3

 年齢・性別・併存疾患の有無によるsubgroup別の有効性をTable 4に示す。また感染・入院・死亡に多雨する有効性は性別・年齢・併存疾患のsubgroup間で類似していた(Figure 3)。 

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Fig. 4

 SARS-CoV-2感染・入院・死亡の累積罹患曲線は2週間目以降で分岐した(Figure 4A~C)毎週計算された有効性も、開始以来高値を示した(Table 3)

 

(4) Disucussion

 Sutnik V 1回目接種は、60~79歳の集団において、接種後21~83日の期間でSARS-CoV-2感染予防効果が78.6%, 入院予防効果が87.6%, 死亡予防効果が84.8%であることが示された; このデータは既知のものと一致する。

 コロナワクチンは2回接種を完了することが標準であるものの、1回目接種が受容可能な有効性を示す場合、2回目接種延期はワクチンが少ない状況下で、人口のより高い割合に対する接種を可能とするであろう。ChAdOx1ワクチンの第3相臨床試験の結果は、本来の間隔より延長された1回目-2回目接種間隔を用いたsubgroupにて感染予防効果が増加したことを示した(1回目接種の有効性:  2回目接種の時期が4~8週間後; 55%, 9~12週間後; 69%, 12週間以降; 81.3%)こうした知見は、流行状況が急速に悪化し, 一部地域でワクチンが入手困難となっている状況において、2回目接種延期を支持することとなった。事実、英国とカナダは新たなevidenceを採用し, 2回目接種時期を3~4ヶ月に遅らせる方向へ修正している。2021年3/26にアルゼンチン保健省は、リスクが高い集団への1回目接種を優先することを決定した。

 イスラエルにおける研究では、以下のような知見が得られている。

  • BNT162b2 mRNAワクチン1回目接種13~24日後においてSARS-CoV-2感染の相対的riskの減少は51%だった。
  • 9,109名の医療従事者コホートにおける研究では、BNT152b2ワクチン1回目接種後のSARS-CoV-2感染の調整相対的risk減少は、1~14日後: 30%, 15~28日後: 75%だった。

他にも、

  • スコットランドの研究では、BNT162b2及びChAdOx1接種28~34日後の入院に対する予防効果が89%であると報告。
  • イングランドの80歳超を対象とした研究では、重症化・入院に対するBNT162b2ChAdOx1両者の有効性が80%と報告。
  • BNT162b2 1回目接種はCOVID-19による死亡に対する効果が85%。

という知見が存在する。

 Sputnik Vの第3相臨床試験では、

  • 2回接種スケジュールの有症候性感染への有効性: 91.6%
  • 1回目接種14日後の有効性: 87.4%
  • 1回目接種15~21日後の中等症〜重症COVID-19への有効性: 73.6%
  • 60歳超の参加者における有効性: 91.8%

という知見が得られている。

 知られている限り、この研究は現実世界におけるSputnik Vの有効性を報告した初めての研究である; そして1回目接種の有効性に関する情報は、別種のコロナワクチンについての研究結果と合致するものである。

 カナダBNT162b2ワクチンとmRNA-1273ワクチン2回目接種の時期が4ヶ月へ延長)における研究で、有症候性感染に対する1回目接種の有効性は

  • 14~20日後で48%
  • 35~41日後で71%

と示され, 重症COVID-19(入院・死亡)に対する1回目接種の有効性は

  • 14~20日後で62%
  • 35日後以降で91%

と示されている。

 またAd26-COV2-Sワクチンの単回接種(Johnson&Johnson製。Sputnik VやChAdOx1と同類。)については、

  • 接種14日後においてSARS-CoV-2感染に対して76.2%の有効性を示した。但し研究結果公表までに、重症COVID-19・死亡に対する有効性の算出に足る入院・ICU入室・死亡が揃わなかった(なおこれらの数値は、今回の研究と同等である)。
  • 接種14日以降に発症した中等症〜重症・致死的COVID-19に対する有効性は66.9%
  •    〃   に発症した重症・致死的COVID-19に対する有効性は76.7%
  • 接種28日以降に発症した中等症〜重症・致死的COVID-19に対する有効性は66.1%
  •    〃   に発症した重症・致死的COVID-19に対する有効性は85.4%

という結果が出ている。

 BNT162b2 mRNAワクチン第3相試験にて、ワクチン群とプラセボ群のCOVID-19累積罹患曲線は1回目接種12日後から分岐し始め, Sputnik V第3相試験ではそれが1回目接種16~18日後から分岐し始めていたしかし今回、1回目接種の7~14日後から有症候性感染が減少する早期効果が観察されており、ワクチンの生物学的効果では説明が困難である。こうした説明困難な知見は、現実世界における研究で観察されている。背景にあるmechanismはおそらく多様な原因によるものだろう。

 なおこの研究の欠点は以下のとおりである。

  • 観察研究である:  未接種者はプラセボを接種されていないので、被接種者集団のいかなる行動変容も不確定要素となる可能性がある。
  • 救急外来受診・ICU入室といった関連するoutcomeが評価されていない。
  • ロックダウン等のワクチン以外の手段が、研究期間中に行われた可能性がある:  この研究は、規制が緩和されていた夏季に実施された。
  • 研究の対象となったコホートへ積極的に検査しなかったので、無症候性症例の過小評価に繋がった可能性がある。
  • Vacunate PBAへの登録が任意だった。
  • 併存疾患に関する情報は自己申告だったので、正確でない可能性がある。
  • 人種等の関連する疫学的データは収集されなかった。
  • 今回の知見は、デルタ株等新規の変異株に適用できない可能性がある:  ワクチン有効性の評価の継続が必要である。
  • 欠落したデータは入力していない:  なおVacunate PBAへの登録時には、年齢・性別・併存疾患といったフォームへ必ず入力するよう求められている。
  • 60歳未満の被接種者を含めていない:  この研究が行われた時期において、この年齢層の人の大半は医療従事者だった。
  • 1回接種の有効性を、接種後21~83日間という短期間でしか評価できていない。

アフリカでの新型コロナウイルスのゲノムサーベイランス

 今日はまた論文をちょっと紹介してみます。今回参考にしたのは"A year of genomic surveillance reveals how the SARS-CoV-2 pandemic unfolded in Africa."(E. Wilkinson et al. Science 10.1126/science.abj4336(2021))です。この論文で特に興味深い部分を中心に和訳しています。また、悠長にブログを更新している時間が無いので、省略しちゃった部分もあることを予めご了承下さい。

 

 アフリカでは、2021年4月末までに~450万名のCOVID-19症例, 〜120,000名のCOVID-19死亡例と、比較的少ない割合と症例数・死亡数が報告されている。但し、一部のアフリカ諸国における血清学的な調査や, 剖検例に基づく研究では、本当の感染者数・死亡者数が実際の報告の5倍いる可能性が示唆されている。

 アフリカのCOVID-19の1人目の症例はナイジェリアで報告された。2020年2月〜3月上旬にはエジプトと南アフリカで報告され, 同年3月末までに大半のアフリカ諸国で報告されていた。これら早期の症例は、海外からの帰国者の間に集中していた。多くのアフリカ諸国で、海外渡航制限, 帰国者隔離 , 国内でのロックダウンを含む早期の公衆衛生・社会的手段(public health and social measures; PHSM)が導入された。早期において、北アフリカとアフリカ南部で比較的多数の症例数が報告され, その他地域で症例数が少ないという傾向があった。

 今回、アフリカ33ヵ国とアフリカの海外領土2ヶ所由来のSARS-CoV-2ゲノムデータへの系統遺伝学的・系統地理学的分析を行なった。

(1) ゲノムデータについて

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Fig. 1A

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Fig. 1C

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Fig. 1D

 2021年5/5までに、14,504個のSARS-CoV-2のゲノムがアフリカ38ヵ国と, アフリカ海外領土2ヶ所(マイヨットとレユニオン)からGISAIDデータベースへ提出された(Fig. 1A)。この半分近くが南アフリカ由来であった。多くの国で早期にゲノムサーベイランスが始まっていたのだが、1年を通して検体を採取したevidenceがある国は少なかった。アフリカの全ゲノムの半分が2021年の最初の10週間に集中しており、B.1.351等の変異株特定後の第2波でサーベイランスが強化されたことが示唆される。(Fig. 1C and D)

(2) 遺伝的多様性と系統について

 2021年3月末までにGISAIDから受け取ったゲノム10,326個のうち8,746個が条件を満たしたので、世界各地の代表的なゲノム1,1891個と系統遺伝学的な方法で比較した。このような解析で、アフリカ大陸とその他の地域, 及び アフリカ諸国間でのウイルスの輸出入の推定が可能となった。

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Fig. 2B, C, D

 全体で、2020年初頭から2021年2月の間に、最小でも757個のアフリカ諸国へのSARS-CoV-2流入が検出された(そのうち半分以上は、2020年5月末より前に発生していた)。パンデミック早期において、アフリカ外からの輸入, 多くの場合ヨーロッパからの輸入が支配的だった。しかしパンデミックが進行するにつれて他のアフリカ諸国からの輸入が増加した(Fig. 2B and C)

 南アフリカ, ケニア, ナイジェリアが他のアフリカ諸国への輸入の主要な原因となっているようであった(Fig. 2D)が、この3ヵ国が最も多い数の配列を保有していたことに影響された可能性がある。特にアフリカ南部, とりわけ南アフリカは他のアフリカ諸国への輸出の~80%を占めていた北アフリカでは、ヨーロッパとアジアからのウイルス流入が多かった。

 アフリカから他の地域へのSARS-CoV-2輸出は、最小でも324個であった。大半はヨーロッパ(41%), アジア(26%) 及び 北米(14%)への輸出だった。但し輸出イベント数増加は2020年12月〜2021年3月の間に起きていた(その時期はアフリカの第2波と, 世界中での渡航制限緩和が起きていた)。

 パンデミック早期はB.1系統の優勢が特徴である。これはアフリカ諸国へ複数回にわたって流入し,この解析に含まれた国の大半で検出された。B.1.351南アフリカで出現後、アフリカで最も多く検出されるSARS-CoV-2変異株となった(n=1,796, ~20%) (Fig 1C)

 2020年3~4月に空の便("air trabvel")がほぼ完全に停止された時点で、アフリカへのウイルス輸入検出数は減少し、パンデミックサブサハラにおける低いレベルの地域内移動の維持と, 近隣諸国間のウイルス移動の発生を特徴とするphaseに入った一部の国境はロックダウン期間に閉鎖されていたものの、交易を可能とするために国境を解放していた国もあった。アフリカ南部の交易はロックダウンの影響をほとんど受けず, 2020年6月〜12月の間の規制緩和によりすぐにパンデミック前のレベルに戻った。

 A系統のウイルスは複数のアフリカ諸国へ輸入したものの、アフリカのゲノム検体の1.3%しか占めていなかった。A系統は当初一部地域でクラスターを発生させ, 複数の国で別個のSARS-CoV-3流入を起こしていたが、パンデミック進行につれてB系統に取って替られた。しかしながら、一部アフリカ諸国ではA系統が増加しているというevidenceが存在している。

(3) SARS-CoV-2新規変異株の出現と拡散

 アフリカ大陸内での主要なSARS-CoV-2変異株の一部の拡散の程度を決定する為、B.1.351, B.1.525, そして 新たに出現した変異株(A23.1C.1.1)への系統地理学的解析を行なった。この解析により、これら4変異株が時間経過とともに進化していることを示す強い証拠が示された。

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Fig. 4A, B, C, D

 B.1.3512020年10月に初めて南アフリカで検出されたが、系統地理学解析ではより早期の2020年8月あたりに出現したことが示唆された。B.1.351にはスパイクタンパク質に10ヶ所の変異がある。B.1.351はEastern Capeで発生後、南アフリカ全域へ拡大した(Fig. 4A)2020年11月までにB.1.351は近隣のボツワナモザンビークへ, 同年12月までにザンビア・マヨットへ到達した。2021年初頭の3ヶ月の間に南アフリカからボツワナジンバブエモザンビークザンビアへのさらなる輸出が生じ, 2021年3月までにB.1.351はアフリカ南部諸国とマヨット・レユニオンで優勢な変異株となった。他にB.1.351の南アフリカからアフリカ東部と中央アフリカへの直接的な流入も証明された。より広範囲なB.1.351検体に対する離散した系統地理学的解析では、B.1.351が西アフリカへ拡散したことが証明された。

 B.1.525にはスパイクタンパク6ヶ所に変異があり, N-terminal domainに2ヶ所の欠損がある。B.1.525は2020年12月中旬に初めて検出されたが、系統地理学的解析では2020年11月にナイジェリアで発生したことが示唆された(Fig. 4B)それ以降、B.1.525はナイジェリア全土と隣国のガーナへ拡散した。なお西アフリカ・中央アフリカからの検体が乏しいため、B.1.525拡散の程度は不明である。(Fig. 1A and C)

 A.23変異株はスパイクタンパクに3ヶ所変異があり, ウガンダAmuruにある刑務所で2020年7月に初めて検出され, Kitgum刑務所へ拡散した。その後、A.23は一般人口へ漏出し, ウガンダの首都カンパラで拡大した。その過程でスパイクタンパクへ更なる変異が加わり、A.23.1変異株が発生した(Fig. 3A and B)。2020年9月のA.23.1の発生以来、これは隣国のルワンダケニアへ拡大し, 南アフリカボツワナ(南方)とガーナ(西方)に到達した(Fig. 4C)

 C.1変異株2020年3月に発生した。C.1.1にもスパイクタンパクの変異がある。この変異株の移動の系統地理学的な再現によって、C.1がヨハネスブルグで発生し, 第1波で南アフリカ全土へ拡大したことが示唆された(Fig. 4D)別個のC.1の南アフリカから他国への輸出は、ザンビア(2020年6~7月)及びモザンビーク(2020年6~8月)の域内拡大につながった。またC.1.1への進化が2020年4月中旬あたりにモザンビーク国内で発生していたと思われた。

(4) Conclusion

 過去のSARS-CoV-3拡散パターンの系統地理学的な再現により、ヨーロッパとアフリカの間での強い疫学的な繋がりが示唆された。

 こうした解析は、2020年中のアフリカ大陸へウイルス拡散, 及びアフリカ大陸内での拡散のパターンの変化も示している。アフリカ各国におけるSARS-CoV-2の早期の流入例の大半は、アフリカ大陸外からの流入であった。

 アフリカでB.1.351やC.1.1等の変異株が発見されて以来、世界各地で様々なSARS-CoV-2変異株が出現している。B.1.525(西アフリカで発見)A.23.1(東アフリカで発見)は発生した地域で頻度が増えており, この地域において、他の変異株よりも適応している可能性が示唆される。この変異株が懸念すべきものであるか確定するには、より集中的な研究が必要であるものの、最悪を想定し, これら変異株の拡散を止めることが賢明である。

 今回の解析で、B.1.351は2020年歳秋月には南アフリカから隣国へ拡大し, 2021年2月までにはコンゴ民主共和国にまで到達していたことが判明した。こうした拡大は、南アフリカの港とボツワナ, ジンバブエ, ザンビア, コンゴ民主共和国南部の商業・工業地帯を繋ぐ鉄道・道路のネットワークにより促進された可能性がある。B.1.351の急速な拡大は、現行の国境管理が無効であることを示唆している。越境入国者を対象とした検査, 陽性者へのgenotyping, 及び 頻回に越境する人への集中的な追跡が、将来的な変異株の拡散をより有効的に封じ込めるかもしれない。

 アフリカにおける変異株(懸念すべきものと, 注意すべきもの)の優勢は、アフリカ大陸におけるワクチン接種拡大に関して重要な意味合いを持つ。例えば、多くのアフリカ諸国におけるワクチン接種の遅れは、ウイルスの増殖と進化を可能とする環境を作っている: これはほぼ間違いなく、更なる懸念すべき変異株を生み出すであろう他方、変異株が既に拡大している状況では、ワクチン有効性低下とワクチンが入手困難な状況のバランスを取る難しい判断を下さねばならない。

デルタ株流行下でのコロナワクチンの有効性

 みなさんこんにちは。現役救急医です。今日は最近目を通した論文について、自分の頭の中の整理も兼ねてまとめてみたいと思います。お題は『デルタ株に対するコロナワクチンの有効性』です。今回は、複数の論文を参考にし, 重要そう or 関連がありそうな部位だけを適宜抜粋してやってみました。

 

(1) 米国のデータ

① 医療従事者・救急隊員の集団について

 2020年12/14~2021年4/10までの間医療従事者と救急隊員でmRNAワクチンの有効性を調べた'HEROES-RECOVER'では、コロナワクチンの症候性・無症候性SARS-CoV-2感染に対する予防効果は約90%であることが示されている。そして同じコホートで、2021年8/14までのワクチンの有効性を推計し, デルタ株流行前後の有効性を比較した

 米国6州の8ヶ所で、医療従事者と救急隊員へ毎週, 及び COVID-19症状発症時のSARS-CoV-2に対するPCRを行なった。なおここで『デルタ株が優勢であった週』とは、配列解析を行われたウイルス中≧50%がデルタ株だった週と定義する。なお4,217名の参加者のうち、3,483名(83%)がワクチンを接種されていた。

 2020年12/14~2021年8/14の間

  • SARS-CoV-2感染既往の無い4,136名が、ワクチン未接種期間中央値20日間へ寄与した。その間に194例の感染が確認された。
  • 3,976名が、ワクチン接種完了期間中央値177日間へ寄与した。その間に34例の感染が確認された。
  • SARS-CoV-2感染に対する調整後ワクチン有効性は80%(95%CI 69~88%)だった。

 他方、デルタ株が優勢であった週において、

  • 488名がワクチン未接種期間中央値43日間へ寄与し, 19件の感染例が確認された。
  • 2,352名がワクチン接種完了期間中央値49日間へ寄与し, 24件の感染例が確認された。
  • SARS-CoV-2感染に対する調整後ワクチン有効性は66%(95%CI 26~84%)だった。なおデルタ株が優勢となる前月の有効性は91%(95%CI 81~96%)だった。

※上記の参考文献はFowlkes A, Gaglani M et al. "Effectiveness of COVID-19 Vaccines in Preventing SARS-CoV-2 Infection Among Frontline Workers Before and During B.1.617.2(Delta) Variant Predominance - Eight U.S. Locations, December 2020-August 2021." MMWR. August 27, 2021/Vol. 70/No. 34です。

 

カリフォルニア州サンディエゴの1施設の医療従事者について

 University of California San Diego Health(UCSDH; カリフォルニア大学サンディエゴ校の附属病院?)の医療スタッフは2020年12月に、SARS-CoV-2感染例の急増を経験した。同年12月中旬にmRNAワクチン接種が開始され、2021年3月までには76%, 同年7月までには87%の医療スタッフがワクチン接種を完了させていた。同年2月上旬までには、スタッフ内の感染例は激減していた。しかし、同年6/15にカリフォルニア州のマスク装着義務が終了し, デルタ株が急速に優勢となった(Fig. 1)ことから、医療スタッフでの感染例が急増してしまった。

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Fig. 1

 2021年3/1〜7/31の間に、227名のUCSDH医療スタッフがPCRSARS-CoV-2陽性となった。このうち130名(57.3%)がワクチン接種を完了させていた。なおワクチン未接種スタッフ感染者と接種完了スタッフ感染者の双方で死亡例は認められなかったが、未接種感染スタッフ1名がCOVID-19により入院した。

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Table 1

 3〜7月の毎月についてワクチン有効性を計算した(Table 1)attack rateは、

  • 2021年1~2月にワクチン接種を完了させたスタッフ:  1,000名ごとに6.7(95%CI 5.9~7.8)
  • 同年3~5月にワクチン接種を完了させたスタッフ:  1,000名ごとに3.7(95%CI 2.5~5.7)
  • 未接種スタッフにおける5月までのattack tate:  1,000名ごとに16.4(95%CI 11.8~22.9)

であった。

 ワクチンの症候性COVID-19に対する有効性が、デルタ株については低下し, また ワクチン接種後の時間経過に伴って低下する可能性が示唆された。

※上記の参考文献は、Binkin NJ, Laurent LC. et al. "Resurgence of SARS-CoV-2 Infection in a Highly Vaccinated Health System Workforce." New Engl J Med. DOI: 10.1056/NEJMc2112981 です。

 

③ 'VISION Network'

 VISION Networkとは、2021年6〜8月の間に, 187ヶ所の病院と221ヵ所の救急外来(emargency department; ED)・緊急治療(urgent care)クリニックの受診者を調べるために、米国CDCが使用したネットワークである。なお同年6月には、このネットワークに参加している各施設で分離・配列解析されたSARS-CoV-2の>50%がデルタ株となっていた。

 1)18歳以上で, 2)入院・受診の14日前 or 入院受診72時間後にPCRSARS-CoV-2感染が診断され, 3)退院時診断名がCOVID-19様症状である 人のデータが登録された。mRNAワクチン接種が1回のみ, もしくは 2回目接種が受診・受診日後14日未満であった人は除外された。ここで『ワクチン完全接種済(fully vaccination)』とは、検査or受診の14日以上前にmRNAワクチン2回目接種, ないし Ad26.COV2ワクチン単回接種を受けていたことを意味する。また『未接種(unvaccinated)』の定義は、コロナワクチンを一切受けていない状態を意味する。

 COVID-19様症状で入院した14,636名の中でSARS-CoV-2感染が診断された参加者の内訳は、

  • ワクチン未接種の割合: 18.9%(1,316/6,960名)
  • ワクチン完全接種済の割合: 3.1%(235/7,676名)

であり、COVID-19による入院に対するワクチン有効性は86%(95%CI 82~89%)だった。

 COVID-19様症状でED/UCを受診した18,231名の中でSARS-CoV-2感染が診断された参加者の内訳は、

  • ワクチン未接種の割合: 28.9%(3,145/10,872名)
  • ワクチン完全接種済の割合: 7.0%(512/7,359名)

であり、COVID-19による受診に対するワクチン有効性は82%(95%CI 81~84%)だった。

※上記の参考文献は、 Grannis S, Rowley EA. et al. "Interim Estimate of COVID-19 Vaccine Effectiveness Against COVID-19-Associated Emergency Department or Urgent Care Clinic Encounters and Hospitalizations Among Adults During SARS-CoV-2 B.1.617.2(Delta) Variant Predominance - Nine States, June-August 2021." MMWR/September 17, 2021/Vol. 70/No. 37です。

 

 

(2) ノルウェーのデータ

 ノルウェーで最初にデルタ株が検出されたのは2021年4月中旬であったが, 7月中旬までにデルタ株は、配列解析された検体の67%を占めており、アルファ株に取って替わった。2021年8/19に"BeredtC19"(SARS-CoV-2感染例と医療サービス使用率を監視する為に作られた、ノルウェー全国規模のregstry)からデータを取得した。18歳以上の全成人が含まれ, 同年4/15~8/15のデータを使用したOutcomeは、デルタ株またはアルファ株への感染に設定した。SARS-CoV-2感染感染既往ありの人, 推奨されているコロナワクチン1回目-2回目接種の間隔に従ってワクチン接種を受けなかった人は除外された。ノルウェーで推奨されている1回目-2回目接種間隔は、免疫が正常な人ではファイザー製; 12週間, モデルナ製; 12週間, 免疫不全がある人では、ファイザー製; 3週間, モデルナ製; 4週間だった。なお、ここで『未接種(unvavvinated)』とは(文字通り)コロナワクチン未接種 ないし 1回目接種後から21日未満のことを指し, 『部分接種済(partly vaccinated)』とは1回目接種から21日以上経過 and/or 2回目接種から7日以内のこと, 『完全接種済(fully vaccinated)』とは2回目接種から7日以上経過したことを示す。

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Figure 1

 合計で4,204,859名が含まれ、うち32.4%(1,360,772名)が部分接種済, 46.0%(1,934,912名)が完全接種済であった。感染者数やワクチン接種率変動をFigure 1に示す。2021年8/15までに、27,284名がSARS-CoV-2陽性となった。

  • デルタ株は5,430名(0.13%)で検出され、うち部分接種済は1,609名(29.6%), 完全接種済は558名(10.3%)だった。
  • アルファ株は13,001名(0.31%)で検出され、うち部分接種済は596名(4.6%), 完全接種済は207名(1.6%)だった。

 年齢や性別, 出生地域, 居住地, 併存疾患で調整して、デルタ株感染とアルファ株感染に対するワクチン有効性を推計した。

  • デルタ株感染に対する有効性:  部分接種済; 22.4%(95%CI 17.0~27.4), 完全接種済; 64.6%(95%CI 60.6~68.2)
  • アルファ株感染に対する有効性:  部分接種済; 54.5%(95%CI 50.4~58.3), 完全接種済; 84.4%(95%CI 81.8~86.5)

※上記の参考文献は、Seppala E, Veneti L. et al. "Vaccine effectiveness against infection with the Delta(B.1.617.2) variant, Norway, April to August 2021." Euro Surveill. 2021;26(35):pii=2100793. https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2021.26.35.2100793 です。

 

 こうした知見をもとに、コロナワクチン(主にmRNAワクチン)のデルタ株流行下における有効性をまとめてみると、

  • 感染に対する有効性:  医療従事者間ですら60%台後半へ低下あり(ワクチンが誘導した免疫の経時的な低下も考慮に入れる必要あり)
  • COVID-19による入院や救急外来受診に対する有効性:  成人において80%台

ということになるのでしょうか。私は、各国政府や専門家がコロナワクチン3回目接種へ前向きになる理由がまた一つ分かったような気がしました。

コロナワクチン3回目接種に関するデータ

 こんにちは。現役救急医です。最近は専門医試験勉強のラストスパート中です。まあそんな中でも、とりわけCOVID-19に関する最新情報はどうしても気になる訳です。

 最近、我が国ではコロナワクチンを従来の2回接種へ追加して, 3回にする方針になったそうです。せっかくワクチンでSARS-CoV-2への免疫が獲得されても、時間が経つにつれて効果が減っていったり, 変異型に対しては防御効果が下がったりすることを示唆するデータが出てきています。

 そんな中、「3回目接種を行うことでこうした欠点を補強できるんじゃね?」という説が浮上し, 検証が行われていたのです。

www.asahi.com

www3.nhk.or.jp

 そして最近になり、3回目接種に関する臨床試験のデータがぼちぼち出てきています。以前から私が本ブログで紹介しているNew England Journal of Medicineにも、そのトピックの論文が掲載されています。

 イスラエルでは今年7月には既に、高齢者やハイリスク集団への3回目接種を全国規模で開始していたそうですが、その結果を論文化したそうです。今回はそれをYouTube動画にしてみました。是非ご覧下さい。

youtu.be