Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。 Part 10

 今回は久々に?新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)に関する論文を紹介します。今日参考にするのは今年3月27日にオンラインで発表された論文"Treatment of 5 Critically Ill Patients With COVID-19 With Convalescent Plasma"(Chen C, Wang Z. et al. JAMA)です。

 

(1) Introduction

 2014年のエボラ出血熱アウトブレイク時に、回復した患者の血清の使用をempiricalな治療法として行うことが推奨さらた。また2015年には、MERSに対して同様の治療法が行うprotcolが作成されている。他にも、インフルエンザA(H1N1)パンデミックSARSアウトブレイクの際に回復患者血清投与を行ったstudyでは有効性が示唆されている。

 同様にして、本studyの筆者らはSARS-CoV-2(COVID-19)についても回復患者血清の投与が有効であるという仮説のもとで、重症患者に対し同治療法を行った。

 

(2) Method

 本studyは中国 ShenzhenのShenzhen Third People's Hospitalにおいて2020年1月20日から3月25日までの間に行われ、最終フォローアップは3月25日に実施された。

① Patients

 定量的RT-PCRでCOVID-19と診断された患者のうち、以下の基準を満たす患者が回復患者血清投与の対象となった。

  • 急速に進行する肺炎があり, 尚且つ 抗ウイルス療法にも関わらずウイルス量が多い
  • PaO2/FiO2<300
  • 機械的換気で管理中 or 管理されていた

加えて、1. 機械的換気を必要とする呼吸不全がある, 2. ショック, 3. 他の臓器障害がありICU入室が必要, のいずれかを満たすCOVID-19患者は"critical condition"にあると定義されている。

② Intervention

 ドナーから血清を採取したのと同日に、ABO血液型が一致する血清200~250 mLを、2回連続で患者へ投与(合計400 mL)。また患者には、SARS-CoV-2ウイルス量が陰性化するまで抗ウイルス薬投与が継続された。

 なお血清のドナーは5名(18~60歳)おり、いずれもCOVID-19から回復した患者だった。全員において1. COVID-19の診断がラボでなされて(previously diagnosed with laboratory-confirmed COVID-19)その後SARS-CoV-2陰性となったこと, 2. 他の呼吸器系ウイルス・B型肝炎ウイルス・C型肝炎ウイルスHIV・梅毒が陰性であること, 3. 最低10日間は無症状・血清SARS-CoV-2特異的ELISA抗体価が1:1000より高値・中和抗体価が40超であること, が確認された。各ドナーからは400 mLの血清が成分除去により採取された。

③ Outcome

 対象となった患者5名の血清投与前後における臨床経過は、電子カルテを通じて取得した。取得した情報は以下の通りである。

  • 人工統計学的データ, 発症から入院までの日数, 来院時の症状
  • 治療内容に関するデータ(e.g. 機械的換気, 抗ウイルス治療, ステロイド)
  • 体温, PaO2/FiO2, SOFA score
  • 検査値:  血算, 生化学, cycle threshold value(Ct), CRP, プロカルシトニン, IL-6, 血清抗体価
  • 胸部画像所見
  • ARDS, 細菌性肺炎, 多臓器不全といった合併症に関する情報

 なおCt値高値は少ないウイルス量と関係しており、本studyにおいては Ct値≦36.0なら陽性未確定(undetermined)なら陰性 とした。もしCt値が37を超過した場合は再検査を行い、1. 初回検査と同値で37~40の間なら陽性, 2. 検出限界以下なら陰性, と判断した。患者5名のCt値は血清投与前1日と投与後1日, 3日, 5日, 12日に測定した。

 

(3) Results

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 合計5名の患者(うち2名が女性, 年齢; 36~73歳)が、回復患者血清を入院後10~22日目に投与された。全員が血清投与前から、抗ウイルス薬やステロイドによる治療を受けていた(Table 1)

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 入院時のCt値は18.9~38.0, 血清を投与した日のそれは22.0~35.9であった(Table 2 and Figure1A)Ct値は血清投与後1日以内に改善(増加)した。

  • Patient 5:  投与後1日目に陰性化
  • Patient 3 and 4:  投与後3日目に陰性化
  • Patient 1 and 2:  投与後12日目に陰性化

 またSOFA scoreは血清投与2~10であったが、投与後12日目には1~4へ減少した(Table 2 and Figure 1B)。他の値については以下の通り。

  • PaO2/FiO2:  投与; 172~276。5名中4名で、投与後7日以内に改善(overall range; 206~290)。投与後12日目で増加(range; 284~366) (Table 2 and Figure 1C)
  • 体温投与; 37.6~39.0 ℃。投与後3日目で正常範囲へ低下(Table 2 and Figure 1D)
  • 炎症値:  Patient 1, 2, 4, 5にてCRP, プロカルシトニン, IL-6の値が低下。Patient 3ではCRPとプロカルシトニンが低下。
  • 胸部CT画像:  投与; 重症肺炎。Patient 1では投与後3日目に改善。他の患者では投与後3日にて段階的な改善を認めた。

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 また血清投与開始1日前に、ドナー5名にて行ったSARS-CoV-2のreceptor binding domein(RBD)特異的IgG, IgMに対するELISA法(血清抗体価)は1,800~16,200であり(Table 3)SARS-CoV-2に対する中和抗体価は80~480の間であった。他方、血清投与を受けた患者5名にて血清投与開始1日前のRBD特異的IgG ELISA価を検査したところ1,800~48,600であり, 同日のRBD特異的IgM抗体価は5,400~145,800であった。また血清投与後にこの5名ではIgG, IgM血清抗体価が時間依存性に増加し、これらの値は投与後7日目でも高値を維持していた(Figure 2A and 2B)。なお患者の中和抗体価は、投与前; 40~160, 投与後1日目; それぞれ320, 80, 80, 160, 投与後7日目; それぞれ320, 160, 160, 240, 480となった(Figure 2C)

 全5名の患者が血清投与時に機械的換気を受けており、3名(Patient 3, 4, 5)は離脱を達成した(Table2)。Patient 2は血清投与時にECMOを装着していたが投与5日目に離脱。Patient 3, 4, 5は退院した。3月25日時点でPatient1, 2はまだ入院中であった。

 

(4) Disucussion

 回復患者血清を投与後、ウイルス量は減少し, 体温・PaO2/FiO2・胸部画像といった患者状態は改善した。

 過去のstudyでも、様々なウイルス感染症に対して回復患者血清投与が報告されている。例えば、SARS患者(n=50)に対する回復患者血清投与studyでは血清投与群(n=19)において、ステロイド治療群(n=21)と比較すると第22病日までの退院率が高く(73.4 % vs 19.0 %, P<.001), 死亡率(case-fatality rate)が低かった(0 % vs 23.8 %, P<.001)。またインフルエンザA(N1N1)患者93名でのstudy(血清投与群; n=20, control群; n=73)では、血清投与群にて死亡率は有意に少なく(20 % vs 54.8 %, P=.01)、ICU入室時のリンパ球数中央値が少なかった。

 これまでの研究で、ウイルス量は重症度や病勢の進行と強く関連していることが示されている。インフルエンザA(H5N1)の死亡は高ウイルス量, 及び 高サイトカイン血症と関連していた。ウイルス特異的中和抗体は、宿主においてはウイルスの制限と排除を行う主な機構である。本studyでは、最短でも10日間の抗ウイルス療法にも関わらず患者5名にてSARS-CoV-2が検出されていた。しかし血清療法を開始してすぐにウイルス量は減少した。ELISAで判明したように、ドナーの血清は全てウイルス特異的IgG・IgM ELISA価が高値であった。更に、血清投与後には5名の患者において中和抗体価が有意に増加した。本studyの結果は、回復患者血清由来の抗体がウイルス排除と症状改善に寄与した可能性を強調している。

 なお本studyには幾つかlimitationがある。

  • Control群がない小規模case seriesである
  • 患者が血清投与なしで改善したかどうか不明である
  • 患者は他にも複数の薬剤で治療を受けており、本studyで見られた改善が血清以外で得られたものなのか決定するのが困難である
  • 血清投与は入院後10~22日後に開始されており、投与開始時期の違いがoutcomeに関連したのかどうか決定するのが困難である
  • この治療法が死亡率(case-fatality rate)を減らすかどうか不明である

『 #気が滅入る状況をさらに滅入らせてくれる映画 』のマイベスト5

 さて先日、Twitterで『#気が滅入る状況をさらに滅入らせてくれる映画』というハッシュタグが私のタイムラインに登場しました。ここ数日のCOVID-19感染拡大と緊急事態宣言を巡る騒動のためか『#気が滅入る状況を忘れさせてくれる映画』というハッシュタグがトレンド入りしており、それを真似たハッシュタグなのでしょう。

 そこで今回は、『#気が滅入る状況をさらに滅入らせてくれる映画』を完全に私の独断と偏見で5つ紹介することにしました。どうか最後までお付き合いくださいませ。

 

第5位:  『日本のいちばん長い日』(監督; 原田眞人, 主演; 役所広司, 本木雅弘ほか)

 これは文藝春秋の編集長などを歴任したジャーナリスト・作家の半藤一利氏が、御前会議でポツダム宣言受諾を決定した1945年8月14日正午から翌日正午の玉音放送までの間の出来事を記した同名の小説を映画化したものです。日本の置かれた厳しい現実を受け止めて(遅すぎた)降伏を決めた昭和天皇鈴木貫太郎内閣の面々や、あの手この手で降伏を阻止せんとする軍部 ー 特に陸軍参謀本部の強硬派 ー を見て、今日の日本社会にデジャブを見出す人は少なくないと思います。

 

第4位:  『レオン』(監督; リュック・ベッソン, 主演; ジャン・レノ, ナタリー・ポートマンほか) 

 孤独なプロの殺し屋レオンと孤児マチルダの交流を描いたフィクション映画です。レオンの稼業はまだしも、マチルダの家族背景がとにかく悲惨!両親は麻薬の運び屋でマチルダに手を上げる等、明らかにpoorな生育環境です。そこへ悪徳警官が乱入し、マチルダ以外の家族を殺してしまうのでさらにえげつない。その後からマチルダはレオンと邂逅し運命の歯車が回り始める訳ですが…取り敢えず、ハッピーエンドとは言い難い終わり方です。

 

第3位:  『シンドラーのリスト』(監督; スティーブン・スピルバーグ, 主演; リーアム・ニーソン, ベン・キングスレーほか)

 第二次世界大戦期に、自身が経営する工場へユダヤ人を雇用することで強制収容所行き・ジェノサイドから救った実在の人物オスカー・シンドラーが主人公の映画です。あの手この手を使って雇用したユダヤ人を助けようとするシンドラーの熱意も見上げたものですが、ナチ党・ドイツ軍/武装親衛隊の残虐性には目を覆いたくなりました。今日においても、欧米の極右が反ユダヤ・反イスラム・白人至上主義を掲げ, 日本でも中国・朝鮮/韓国の人々やアイヌ人を蔑視する人が目立つ様や、シリアなど紛争地で蔓延するジェノサイドを見ていると、未だに人間は己の心のうちにこうした残忍さを秘めているんだなあと思わずにいられません。

オスカー・シンドラー - Wikipedia

 

第2位:  『野火』(監督; 塚本晋也, 主演; 塚本晋也, リリー・フランキーほか)

 太平洋戦争末期のルソン島における日本軍の状況を描いた、大岡昇平による同名の小説が原作です。圧倒的な物量や火力を誇る米軍を前に壊滅し、自軍への補給すらままならない日本軍兵士が散り散りバラバラに撤退する様が描かれていますが、米軍の機銃掃射・爆撃で文字通りミンチにされる日本兵や、飢えに苛まれ現地住民を襲撃・殺害する日本兵, 手に入るものは何であれ口にする日本兵etc.と凄惨な戦況が写実的に描写されています。

 なお、連合国軍に押されて敗退し続けていた日本軍内部では、実際に傷病兵に自決を強要したり, 友軍兵士を襲ってその肉を食して飢えを満たすといった事象が多発していました。

本の紹介(7); 『日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実』 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 

第1位:  『シャッターアイランド』(監督; マーティン・スコセッシ, 主演; レオナルド・ディカプリオ, マーク・ラファロほか)

 ディカプリオ演じる連邦保安官テディ・ダニエルズと相棒の捜査官が、謎のメッセージを残して失踪した女性を捜索するために孤島に築かれた精神病院を訪問するシーンで幕を開けるこの映画。不気味な描写も多いサスペンスですが、エンディングの展開が衝撃的です。精神科の講義を受けた医学生, 初期研修で精神科を回った研修医, もしくは現役精神科医にはある意味凄く分かりやすい?(換言するなら『わかりみが深い』)作品ですね。

 

 少しでも興味を持たれた方は、COVID-19パンデミックを自宅でしのぐ間にこれらの映画で時間を潰してみてはいかがでしょうか?但し、生々しい流血描写が苦手な方や、マジで気が滅入ってどうしようもない方が見た場合、精神衛生上好ましくない影響が及ぶ可能性があるので、その点だけよくよくご留意下さい。

【COVID-19】日本はこのままだとどうなるか予想してみる。

 ここ最近、日本国内で感染者数増加のニュースが続いています。3月末になって取り沙汰された「東京都ロックダウン」や「緊急事態宣言」に関して政府は「まだ瀬戸際の状況だ」と言いつつ緊急事態宣言の発令には至っていない状況です。

 そんな中、専門家の間では自粛要請より強い措置が必要(そうでないと感染者が増え続け、医療現場が対応し切れなくなる)」という意見や、日本の新規感染者数はここ数日間増え続けており、人の往来も減っていないといった旨の懸念の声が上がっています。以下そういった方々のツイートの一例です。

東京都がそうした事態に至った場合、引退した医師(おそらく開業医や老人ホーム勤務の医師, 臨床自体辞めた医師など)も動員して、COVID-19患者及びその他の傷病者の診療に当たらせる計画のようですが、そう簡単には行かないでしょう。特に高齢の医師に、迅速な蘇生的治療や, 最新の知見に基づく診断・治療をやらせるのは無理があります。

 また、COVID-19患者が更に増加した場合、病床・医療スタッフのみならず, 医療スタッフを新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)から守る個人防護装備(Personal Protective Equipment; PPE。N95マスクや使い捨てキャップ・ガウン, ゴーグルなどのこと)が不足するでしょう。重症化するケースもそれなりに増加するはずであり、そういった場合に必要となる人工呼吸器も不足するでしょう。なお、人工呼吸器「肺炎などで肺が傷害されて、酸素取り込み・二酸化炭素排泄が出来なくなった(或いは、意識障害などで自力で呼吸出来なくなった)場合に、肺(や意識障害)が回復するまで替わりに機能する」ものであり、最近にわかに話題となったECMOは(非常に大雑把な表現ではありますが)「人工呼吸器を使っていても肺の状態が悪化し、にっちもさっちもいかなくなったので、体外の機械が肺の代わりを担い、その間に肺の回復を待つ」というものです。また、残念ながらこれら人工呼吸器・ECMOを装着したからといって、誰もが皆救命出来る訳ではありません。

 更に、人工呼吸器とECMOが必要となるような患者の診療は、重症患者の診療や, それら医療機器の操作に熟練した医療スタッフが居ないと成り立ちません(そう沢山居る訳ではない)。ましてや、重症患者の管理はスタッフ側にも身体的・精神的負担が重く、(本来であれば)十分な代替要員を確保することで十分な休息を取らせることが必要です。加えて、COVID-19以外の急病や、不慮の事故に遭って入院して来る重症患者も今後それなりに出る筈です。そういった諸々の事情を考慮すると、医療機器や医薬品, 医療スタッフの需要等が逼迫し、危機的状況に陥る可能性が十分に考え得るのです。(東京, 大阪といった都市部はまだしも、地方でSARS-CoV-2感染者が増加すれば早晩医療現場が崩壊しかねません)。それが現に、初期の武漢やイタリア(特にLonbardy州), ニューヨークで発生してしまいました。政府が思い切った決断を下さねば、気が付いた頃には日本国内で同じ状況が繰り返されるでしょう。

 加えて、危機的状況に陥ったイタリア, そして最近では米国に対してもロシアが援助を申し出、すぐに人工呼吸器・PPE等の物資提供や専門家チームの派遣を行うことで存在感を示しています。また中国も、欧米諸国へ同様の支援を行なっています。日本も、今後SARS-CoV-2の感染拡大が止められなかった場合、そういった援助無しでは立ち行かなくなるでしょう。確かに需要と供給の不均衡が致命的となる状況において、このような援助を拒否する訳にはいきませんが、その援助に伴う『代償』を無視する訳にはいきません。

【新型コロナ】フランス、マスク10億枚発注 欧州、中国に続々依存 - 産経ニュース

 ロシアは冷戦期から、西側諸国の著名人を自国へ招待し、盗聴を通じて弱みを握る・ビジネス関連で取り引きを持つ等して調略したり(e.g.ドナルド・トランプとその側近のロシア疑惑), 西側諸国政府への不信感を醸成するようなdisinformation(e.g.「HIVは米国が開発した生物兵器」という陰謀論)を拡散するといった工作を行ってきました。最近では、Facebook, TwitterといったSNSに偽アカウントを多量に作り、人種差別主義等の過激な思想を増幅させることで西側諸国間やその国民間の分断を深めつつあります。他方の中国も『一帯一路』政策によりアジア・アフリカの発展途上国や一部の欧州諸国へ影響力を行使してきました。今回のCOVID-19パンデミックに伴う両国の一連の支援も、これらの政策と同じ文脈にあると考えざるを得ません。

本の紹介(2); 『共謀 ートランプとロシアをつなぐ黒い人脈とカネ』 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

本の紹介;(15) 『「帝国」ロシアの地政学 「勢力圏」で読むユーラシア戦略』 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

【COVID-19関連】EU報告「Disinformationの背後にロシアあり」 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 もし今後、日本が中露両国から援助を受け取らざるを得ない状況に至った場合、あたかも日本政府の失陥を補うかのような中露両国の支援を目にした一般市民(医療スタッフ, マスコミ関係者も含む)や政治家・官僚の間で両国に対して抱く印象が変化し、尖閣諸島北方領土といった領土問題, 中国のチベットウイグルに対する弾圧・ロシアのアサド政権(シリア, 反体制派に対するジェノサイドの加害者)支援等の人道危機/人権問題へ無関心となる可能性すらあります。

 いずれにせよ、COVID-19の蔓延を抑え込めるか否か, 日本国内の状況を今よりも悪化させるか否かは、各々の企業・事業主や市民, そして政府の決断にかかっています。

せっかくなんで新型コロナウイルスに関する論文を読んでみた。 Part 9

 COVID-19/SARS-CoV-2に関して、他に色々呟きたいことはあるんですが、今回はとりあえず論文の和訳/紹介にしたいと思います。今回は、今年3月13日に発表された論文"Risk Factors Associated With Acute Respiratory Distress Syndrome and Death in Patients With Coronavirus Disease 2019 Pneumonia in Wuhan, China." (Wu C, Chen X. et al., JAMA Internal Med.)を参考にします。

 

(1) Introduction

 武漢の1施設にて、COVID-19肺炎の患者における 1. 入院後のARDS発症, 2. ARDSの進行による死亡, と関連する臨床的特徴と因子を報告する。

 

(2) Method

① Study Population

 2019年12月25日から2020年1月26日の間に、武漢のJinyintan Hospitalへ入院した201名の患者(21歳〜83歳)に対する後方視的cohort studyである。疫学的なデータ, 臨床的データ, そして予後に関するデータは、電子医療記録を用いて医師と医学生が収集し、患者のフォローアップは2020年2月13日まで行われた。

② Procedures

 SARS-CoV-2感染の診断は、全患者から取得した咽頭ぬぐい液サンプルを採取し、これにreal-time RT-PCRにて行った。また、他の呼吸器系病原体(e.g. インフルエンザAウイルス, インフルエンザBウイルス etc.)に対するRT-PCRを173名の患者に対して行った。更に、痰培養で細菌, ないし 真菌感染の可能性を検査した。入院中、最も強力だった酸素療法(鼻カニューレ, 非侵襲的機械的換気[noninvasive mechanical ventilation; NMV], 侵襲的機械的換気[invasive mechanical ventilation; IMV], IMVとECMO)を記録した。

③ Outcome

 1. ARDSの発症, 及び 2. ARDS患者の死亡, の2項目を評価。

 ARDS発症, もしくは ARDS発症による死亡 に関与する個々の因子間のhazard ratio (HR)と95%CIは、二変数Cox比例hazard ratioモデルを使用して決定した。またKaplan-Meir法・log-rank testを用いて生存曲線を描いた。

 

(3) Results

① 人口統計

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 既述の通り、201名の患者が本studyに登録された(Table 1)。年齢中央値は51歳(IQR 43~60歳)で、男性は128名(63.7 %)だった。また発症時の主訴で最も多かった症状は以下の通りである。

  • 発熱; 188(93.5 %)
  • 咳; 163(81.1 %)
  • 喀痰を伴う咳; 83(41.3 %)
  • 呼吸困難; 80(39.8 %)
  • 倦怠感 or 筋肉痛; 65(32.3 %)

191名の患者(95.0 %)で画像上、両側性浸潤影の所見を認めた一方、10名(5.0 %)で片側性病変を認めた。66名(32.8 %)の患者に並存疾患を認めた。その内訳は以下の通り。

  • 高血圧; 39(19.4 %)
  • 糖尿病; 22(10.9 %)
  • 肝疾患; 7(3.5 %)
  • 神経疾患; 7(3.5 %)
  • 慢性肺疾患; 5(2.5 %)
  • 慢性腎臓病; 2(1.0 %)
  • 糖尿病以外の内分泌疾患; 2(1.0 %)
  • 腫瘍; 1(0.5 %)

なお大半の患者(173名[86.1 %])で他の9病原体の検査が行われ、148名(73.6 %)で細菌及び真菌の培養を採取した。その結果、1名のみでインフルエンザAの感染合併が判明した。

② 治療内容

 201名中、165名(82.1 %)が酸素療法を必要とした(Table 1)。その内訳は鼻カニューレ98(48.8 %), NMV 61(30.3 %), IMV 5(2.5 %), IMVとECMO(0.5 %)であった。また、196名(97.5 %)はempiricalな抗菌薬を受け、170名(84.6 %)が抗ウイルス薬治療を受けた。他にも、

  • 抗酸化薬(e.g. glutathione, N-acetyl-L-cysteine); 106(52.7 %)
  • メチルプレドニゾロン; 62(30.8 %)
  • 免疫調整薬(e.g. 免疫グロブリン, thymosin, recombinant human granulocyte colony stimulationg factor); 70(34.8 %)

といった治療が行われた。

③ 検査値

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 入院時の検査値はTable 2にまとめられている。194名中、166名(85.6 %)で高感度CRP増加が見られた。半数以上(197名中126名[64.0 %])でリンパ球減少が見られ、約1/3で好中球増加(68/197名[34.5 %])が, 約1/4で白血球増加(46/197名[23.4 %])が見られた。また一部の患者ではASTやALTの上昇を認めた。他に、大半の患者で入院時に心筋逸脱酵素増加を認めた。

  • LDH増加; 194/198名(98.0 %)
  • Creatine kinase muscle-brain isoform; 9/198名(4.5 %)

④ 臨床的予後

 2020年2月13日の時点で、201名の患者中144名(71.6 %)が退院していた。入院期間中央値は13日(IQR 10~16日)であり、13名(6.5 %)はまだ入院中だった。患者集団全体のうち84名(41.8 %)がARDSを発症し、53名(26.4 %)がICUに入床した。67名(33.3 %)が機械的換気を受け, 44名(21.9 %)が死亡した。また、機械的換気を受けている67名の内訳は

  • 死亡; 44名(65.7 %)
  • 退院; 14名(20.9 %)
  • 入院中; 9名(13.4 %)

であった。入院からARDS発症までの中央値は2日(IQR 1~4日)。死亡した全患者が、ARDSを発症し機械的換気を受けていた。

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 ARDSを発症した患者を、発症していない患者と比較すると以下のような差異が明らかになった(Table 3)

  • ARDS患者の方がより高齢(difference 12.0歳, 95%CI 8.0~16.0, P<.001)
  • ARDS患者の方が入院前の体温が高い(difference 0.30 ℃, 95%CI 0.00~0.50, P=.004)
  • 「最初の症状=呼吸困難」がARDS患者の方で多い(difference 33.9 %, 95%CI 19.7 %~48.1 %, P<.001)
  • ARDS患者で並存疾患を持つ割合が高い(高血圧; difference 13.7 %, 95%CI 1.3 %~26.1 %, P=.02, 糖尿病; difference 13.9 %, 95%CI 3.6 %~24.2 %, P=.002)
  • ARDS患者では抗ウイルス薬治療を受けていない傾向が見られた(difference -14.4 %, 95%CI -26.0 %~-2.9 %, P=.005)
  • ARDS患者ではメチルプレドニゾロン治療をより多く受ける傾向が見られた(difference 49.3 %, 95%CI 36.4 %~62.1 %, P<.001)

ARDSとなった84名中、61名(72.6 %)がNMV, 17名(20.2 %)が鼻カニューレ, 5名(6.0 %)がIMV, 1名(1.2 %)がIMVとECMOを受けていた。

 また、ARDSを発症した患者の検査値をARDSを発症していない患者と比較すると、以下のような差異が見られた。

  • 肝機能障害の値が有意に上昇(total bilirubin; difference 1.90 mg/dL, 95%CI 0.60~3.30 mg/dL, P=.004)
  • 腎機能障害の値が有意に上昇(尿素; difference 1.69 mM, 95%CI 1.10~2.29 mM, P<.001)
  • 炎症関連値が有意に上昇(interleukin-6[IL-6]; difference 0.93 pg/L, 95%CI 0.07~1.98 pg/L, P=.03)
  • 凝固機能値が有意に上昇(D-dimer; difference 0.52 μg/mL, 95%CI 0.21~0.94 μg/mL, P<.001)

他方で、リンパ球(difference -0.34x10^9/mL, 95%CI -0.47~-0.22x10^9/mL, P<.001), CD8 T細胞(differece -66.00/μL, 95%CI -129.00~-7.00/μL, P=.03)は有意に低値であった。

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 Table 4にまとめられているように、高齢(≧65歳), 高熱(≧39 ℃), 並存疾患, 好中球増加, リンパ球減少, end-organ related indices上昇(e.g. AST, 尿素, LDH), 炎症関連値上昇(高感度CRPと血清フェリチン), 凝固機能関連値の上昇(e.g. PT, D-dimer)は、ARDSを発症するrisk増加と関連している。またメチルプレドニゾロンで治療を受けた患者は、受けていない患者と比較すると重症と思われた。

 ARDSを発症した患者subgroup内で最終的に死亡した患者は、生存患者と比較すると、より高齢で(difference 18.0歳, 95%CI 13.0~23.0歳, P<.001), 高熱の割合が低く(difference -31.8 %, 95%CI -56.5%~-7.1 %, P=.007), 高血圧の割合が多かった(difference 18.9 %, 95%CI -2.0 %~39.7 %, P=.05)。死亡したARDS患者44名のうち、38名(86.4 %)はNMVを受け、5名(11.4 %)がIMV, 1名(2.3 %)がIMVとECMOを受けていた。

 また、ARDSを発症して死亡した患者の検査値を、ARDSを発症し生存した患者のそれと比較すると、

  • 死亡群で肝障害の数値が有意に上昇(total bilirubin; difference 2.60 mg/dL. 95%CI 0.30~5.20 mg/dL, P=.03)
  • 死亡群で腎機能障害の数値が有意に上昇(尿素; difference 1.50 mM, 95%CI 0.50~2.70 mM, P=.004)
  • 死亡群で炎症関連値が有意に上昇(IL-6; difference 3.88 pg/L, 95%CI 2.20~6.13 pg/L, P<.001)
  • 死亡群で凝固機能値が有意に上昇(D-dimer; difference 2.10 μg/mL, 95%CI 0.89~5.27 μg/mL, P=.001)
  • 死亡群でリンパ球が有意に減少(difference -0.23x10^9/mL, 95%CI -0.41~-0.07x10^9/mL, P=.004)
  • 死亡群でCD8 T細胞が有意に減少(difference -134/μL, 95%CI -221~10/μL, P=.05)

といった差異が見られた(Table 3)

 二変量Coxモデルは、並存疾患, リンパ球数, CD3・CD4 T細胞数, AST, プレアルブミン, クレアチニン, グルコース, low-density lipoprotein, 血清フェリチン, PTを含むARDS発症と関連した複数の因子が死亡と関連していないと示した。しかしながら、IL-6は死亡と統計学的に有意に関連していた(Table 4)

 最後に、メチルプレドニゾロンで治療を受けたARDS患者内では50名中23名(46.0 %)が死亡したが、メチルプレドニゾロンを受けていないARDS患者内では34名中21名(61.8 %)が死亡した。ARDS患者では、メチルプレドニゾロン投与は死亡riskを減少させたと考えられる(hazard ratio 0.38, 95%CI 0.20~0.72, P=,003) (Figure)

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(4) Disucussion

 本trialでは、メチルプレドニゾロンによる治療を受けた患者はARDSを発症する傾向が強かったが、おそらくこれは適応による交絡である。特に、重症な患者はメチルプレドニゾロンによる治療を受ける傾向にあった。しかしながら、ARDSを発症した患者へのメチルプレドニゾロン投与は、死亡riskを減少させているように思われる。こうした知見は、COVID-19肺炎患者のうち、病勢が進行してARDSとなった患者にとってはメチルプレドニゾロン療法は有益である可能性があることを示唆している。但し、このようにサンプルサイズが小さい観察研究においては、バイアスの可能性, 及び 残存する交絡があるので、結果は注意して解釈すべきである。本trialの結果を検証するためには、double-blinded randomized clinical trialを行うべきである。

 ARDSの発症と, ARDS進行による死亡と関連するrisk factorは、高齢, 好中球増加, 臓器・凝固障害であった。加えて、ARDS発症と関連している複数の因子が死亡と関連していないことも観察した(e.g. 並存疾患, リンパ球数, CD3・CD4 T細胞数, AST, プレアルブミン, クレアチニン, グルコース, low-density lipoprotein, 血清フェリチン, PT)。更に、死亡した集団と生存した集団間のD-dimer中間値の差は、ARDSを発症した集団とそうでない集団間のそれよりも大きく、一部の患者ではDICにより死に至ったことが示唆される。興味深いことに、高熱はARDS発症と正の関連性を示していたものの、死亡とは負の関連性を示した。しかしながら、集団間の体温の差は極めて小さく, 入院前の体温は自己申告なので、高熱に関するデータの解釈は慎重に行うべきである。

 高病原性ヒトコロナウイルスの病因は、まだ分かっていないことも多い。サイトカインストームと細胞性免疫反応の回避が、病気の重症度に重要な役割を果たしていると考えられる。SARS患者の末梢血と肺では好中球増加が見られた。MERS患者では、肺障害が好中球とマクロファージの肺への広範囲にわたる浸潤と関係し, 末梢血でもこれらの細胞の増加が見られた。好中球はケモカインとサイトカインの主なsourceである。サイトカインストーム発生はARDSに繋がりうる。本studyでは、ARDSを発症したCOVID-19肺炎患者はARDSを発症していない患者よりも好中球数が多くおそらく好中球活性化がウイルスに対する免疫反応だけでなく, サイトカインストームにも寄与しているのだろう。これは、COVID-19早期において見られる高熱とARDSの正の関連性を部分的に説明し得るものである。加えて、高齢は免疫系の低下と関連していることを考えると、本studyは高齢がARDS, 死亡双方と関連していることを示している。すなわち、死亡と関連している高齢は、弱い免疫反応によるものかもしれない。

 本studyはCD3・CD4 T細胞高値がARDS発症を防いでいる可能性を示唆したが、死亡に関しては同様の結果が得られなかった。これはおそらくサンプルサイズが不足していたからであろう。CD8 T細胞数は生存患者で有意に高かった。早期の研究は、SARSコロナウイルスがT細胞, 単核球, マクロファージを含む免疫細胞に感染できることを示した。この研究において、CD3・CD4・CD8 T細胞数はSARSコロナウイルス肺炎発症時に減少し、SARS回復期まで減少は持続した。またCD4・CD8 T細胞は致死的なSARSコロナウイルス肺炎において減少した。こうした知見は、COVID-19肺炎患者, 及びリンパ球減少を来したARDSの結果と矛盾しない。過去の研究で、T細胞の反応は先天性の免疫の過剰な活性化を抑制することが分かっている。SARSコロナウイルスに感染したマウスの実験において、T細胞はSARSコロナウイルス排除に寄与し, またT細胞反応の低下は病的変化を起こすことが報告されている。筆者は、持続的かつ段階的なリンパ球の反応の増加が、SARS-CoV-2に対する効果的な免疫反応に必要かもしれないという仮説を提唱する。好中球・リンパ球の反応, もしくは CD4・CD8 T細胞の免疫反応がSARS-CoV-2感染症において果たす役割を特徴付けるためには、追加の研究が必要である