Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【参考書紹介】これから研修医になる人へ。これだけは揃えておけ!

 こんにちは。実は昨日、大学時代に所属していた部活の追いコンに出席してきました。どうやら医師・看護師国家試験共にまだ結果は出てないようですが、僕なりに盛大にお祝いし、激励してきました(笑)

 なので今日は、4月から初期研修医になる人の為に「これだけは購入して読むようにしておけ」という本を紹介していきます。

 

(1) 臨床的な資格関連(ACLS, JATEC)

 まずは定番のものから。ACLSは初期研修医のうちに取っておきましょう。急な心停止は、いつどこで発生するか分かりません。プロフェッショナルとなった以上は習得すべきです。

 ↓『ACLSプロバイダーマニュアル』これは大きい本ですが、

 ↓ECC(救急心血管治療)ハンドブック』という、持ち運びに便利なハンドブックもあるので、両方買っておくといいかもしれませんね。

 あと言うまでも無いかと思いますが、ACLSプロバイダーコースは受講して下さいね!(笑)なおACLSは5年ごとに改定されるので、新版が出たら購入して知識を適宜アップデートをする必要があります。またACLSプロバイダー資格を一旦取得しても、2年で失効するのでプロバイダーコースを受講して資格と知識(或いは勘)を更新する必要があります。

 また、高エネルギー外傷の初期対応/蘇生に関するプロバイダーコース'JATEC'もあります。特に救急科や外科系など、将来外傷を診療する機会がある診療科を希望する皆さんは受講した方がいいと思います。標準テキストもあります。

『外傷初期診療ガイドライン』へるす出版

 

(2) 外来で困らない為に

 救急外来にせよ一般外来にせよ、様々な主訴を訴える患者さんが来院します。「鑑別診断を挙げろと言われても…」という方も多いでしょう。実際、医学部の講義と試験はどうしても各科それぞれ自分の領域を掘り下げたものになりがちで、「主訴から絞り込む」・「全身の臓器を総合的に見る」的な視野は獲得しにくいと思います。

 今は都市部を中心に、有名な総合診療領域の先生方が研修医向けの勉強会を開くことも少なくは無いので、それに出席するのも一手ですが、書籍でも知識を蓄積しておきましょう。

 『診察エッセンシャルズ』著者: 村松理司, 酒見英太 日経メディカル開発

『ジェネラリストのための内科外来マニュアル』著者: 金城光代, 金城紀与史ほか 医学書院 

 

(3) 輸液や電解質を理解する為に

 私だけでは無いと思いますが、学生時代・研修医時代に点滴オーダーの出し方・電解質異常の補正の仕方が十分理解できず苦しんだ人は少なからず居ると思います。

 『酸塩基平衡、水・電解質が好きになる』(著者: 今井裕一 羊土社)という本もありますが、

私は『救急・ICUの体液管理に強くなる』(著者: 小林修三, 土井研人 羊土社)の方が、病態ごとの各論・具体的な治療法について書いてあるので好きです。

 

(4) 感染症・抗菌薬をマスターする

 まず、感染症の診断と治療のイメージを(なんとなくでいいので)掴んでもらうには、この本がいいかなと思います。

『増刊レジデントノートVol.16-No.2疾患の全体像「ゲシュタルト」をとらえる感染症の診断術』著者: 西垂水和隆, 成田雅 羊土社

 その上で、更に詳細な各論をマスターする為に、分厚いですがこの本も読み込みましょう。『レジデントのための感染症診療マニュアル』著者: 青木眞 医学書

 感染症はどの診療科に進むにせよ、必ず遭遇する疾患です。ましてや、抗菌薬の選択を勘違いしたり、本来抗菌薬の必要ない状態の患者さんにまで抗菌薬を処方したりして、耐性菌を生み出すようなマネは現に慎むべきです。

 

(5) ICUで困らない為に

 ICUで重症患者を診療する機会は、初期研修中の誰しも経験する事です。その時に困らない為に、上記のような体液・輸液管理や抗菌薬のみならず、鎮静薬の使い方などにもまとめた参考書を紹介します。

 ICU/CCUの薬の考え方, 使い方』著者: 大野博司 中外医学社

 また、人工呼吸器管理についてもっと知りたいのであれば、『Dr.竜馬の病態で考える人工呼吸器』(著者: 田中竜馬 羊土社)も良いですよ。

 

(6) +α

 臨床研修指定病院で、麻酔科での研修を必ず経験するよう求める施設は多いのではないでしょうか。その際困らないようにする為、取り敢えず以下を事前に入手して読んでおきましょう。

『麻酔科研修チェックノート』著者: 讃岐美智義 羊土社

 また、既述のようにICU等で体液管理をする機会は増えると思いますが、その際エコー(超音波検査)は大いに助けになります。加えて、救急外来でエコーを患者さんの腹や胸に当てる事で診断の一助になることもあります。その時に、大いに参考となるのが『あてて見るだけ!劇的!救急エコー塾』(著者: 鈴木昭広 羊土社)です。

 また、'IDATEN'(日本感染症教育研究会; Infection Disease Association for Teaching and Education in Nippon)という組織があるのですが、そこのメーリングリストに登録しておくと、感染症に関する勉強会のお知らせや、総合診療・内科全般に関する勉強会/カンファレンスのお知らせ等々、多種多様な情報が入ってきます。

www.theidaten.jp

【医療関係者向け】人工呼吸器設定の話

 今日は久しぶり?に医療・医学ネタに戻ろうかと思います。4月から研修医になる人も居るでしょうから、人工呼吸器の話をしてみます。

 

(1) まずは適応の話から

 人工呼吸器及び気管挿管の適応となるのは次の通りです。

1. 気道の問題:  意識障害, 上気道の閉塞, 喀痰の排泄ができない

2. 陽圧換気が必要な状態:  肺炎, 心不全, ARDS, 喘息・COPD急性増悪, 神経筋疾患

 コンプライアンス(肺の膨らみやすさ)が低下したり、気道抵抗(空気が気道を通りやすいかどうか)が低下すると、呼吸仕事量(呼吸筋の仕事量)が増大します。この仕事量を人工呼吸器で減らす事で、呼吸筋による酸素消費量を減らすことができます。

 また酸素化(PaO2の適正化)と換気(CO2の排泄)を、原疾患が治療されるまで生命維持が出来るように改善・調節する役割もあります。

 

(2) モードの話

CPAP

 患者の自発呼吸に完全に依存。呼気・吸気を通じて一定の陽圧をかけるモード。

② A/C (Assist/Control)

 自発呼吸があればassistし、呼吸が無ければcontrolするモードです。このモードには更に従量式(Volume Control Ventilation: VCV)と従圧式(Pressure Control Ventilation: PCV)の2つが含まれます。

1. VCV:  一回換気量吸気流量を設定する。気道内圧は患者(の状態)次第。

2. PCV:  吸気圧吸気時間を設定する。一回換気量は患者次第。

③ SIMV (Syncronized Intermittent Mandatory Ventilation)

 設定した回数のみassistやcontrolが行われますが、設定回数を超えた吸気は患者の自発呼吸頼みという設定です。患者は、assistないしcontrolに合わせて1回毎の呼吸回数を調整するということができません。よって、設定した呼吸回数が減ると呼吸仕事量が増大してしまいます。

④ PS (Pressure Support)

 患者の自発呼吸に合わせ、設定した圧で補助する。患者の吸気努力頼みであるため、吸気時間や一回換気量は一定しない。

 

(3) では、設定してみましょう

 人工呼吸器の設定項目を大別すると、次のようになります。

1. 酸素化:  FiO2(吸入酸素濃度), PEEP(Positive End-Expiratory Pressure: 呼気終末陽圧)

2. 換気:  一回換気量または吸気圧, 呼吸回数

3. その他

ここではA/Cモード(VCVとPCV)に関して、設定すべき項目を説明してみます。

① VCV

 1. 呼吸回数:  PaCO2が高い場合、増やす。但し、増やし過ぎると一回当たりの呼吸時間が短くなってしまうので注意(特にCOPDの場合)。

 例)  ①気道確保・神経筋疾患; 10~16, ②COPD・喘息; 8~12, ③肺炎・肺水腫; 12~24, ④ARDS; ~35

 2. 一回換気量:  (理想体重)[kg] x 6~8[mL] 

 例)  上記「呼吸回数」の例)①~③の場合、6~8 mL x 理想体重で設定。また例)④の場合、6 mL x 理想体重で設定。

 ※理想体重は男: 50+0.91x(身長[cm]-152.4), 女: 45.5+0.91x(身長[cm]-152.4)で計算。最近はこれを簡易に計算できるスマホのアプリもあります↓

MedCalX

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  • Ossus GmbH
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  • 無料

 

 3. FiO2:  最初は100%で設定。その後はSaO2>90 %, PaO2>60 mmHgを維持出来るよう適宜減量する。

 4. PEEP:  説明が抜けてしまいましたが、ざっくり言うと「肺胞が虚脱しないように圧力を掛けることで、ガス交換が出来るようにする」ものです。最初は5で設定しておき、それでもSaO2, PaO2の改善が無い場合(特にARDSの場合)は適宜8~20の範囲で増減します。

 5. その他:  VCVでは吸気流量の調節も必要になってきます。これを上げると吸気時間が短縮し、下げると吸気時間が延長します。また、人工呼吸器の圧波形モニターで凹みがある場合、それは吸気流量が不足している(患者と呼吸器が同調せず、呼吸仕事量が増大している)サインです。なお吸気流量は60 L/min.から開始し、40~90 mL/min.の間で適宜調整します。

② PCV

 1. 吸気圧:  目標とする一回換気量となるように適宜調整。

 2. FiO2, PEEP:  VCVに同じく。

 3. その他:  PCVでは吸気時間の設定も必要です。これが長過ぎると、患者の呼気が始まった段階でも陽圧がかかることになります。また逆に短過ぎても、患者の吸気が続いている最中に陽圧がなくなってしまいます。人工呼吸器モニターの圧・流量・換気量波形を参考に調整します。

 

(4) 最後に

 文章ばかりでは分からない方も多いでしょうし、また今回紹介したのはごく初歩的なものです。今回参考とした文献を提示しますので、興味のある方は是非ご一読を。

『Dr.竜馬の病態で考える人工呼吸管理』田中竜馬 著, 羊土社

 また、この本の著者 田中竜馬先生は定期的に都内で人工呼吸器に関する講義を行なっていらっしゃいます。「本だけではどうも分からない」という方は是非こちらも行かれては如何でしょうか。私も東京観光がてら出席してみましたが、かなり勉強になりました。

www.intensivecare.club

【昭和大学病院医師逮捕】かくも卑劣な不祥事はなぜ繰り返すのか?

 先月末に、ショッキングなニュースがありました。昭和大学病院の医師2名が、女性に睡眠薬の混入した酒を飲ませた上に、性的暴行を加えたのです。医師の発行した処方箋でしか入手できない睡眠薬であり、しかも容疑者となった医師の自宅から見つかったのだそうです。最初からこのような犯行に及ぶつもりで自身の権限を悪用したと見られても仕方が無い状況です。

www.nikkei.com

 

 なお2016年にも千葉大学医学部の学生3名と同病院医師1名が、女子学生(学生らの同級生?)を泥酔させた挙句に性的暴行を加えて逮捕されるという事件が起きています。

なお上記の記事では、彼らの先輩や後輩らのコメントも掲載されています。

「医学部は5年生から実習が始まります。実習期間中は各病院と自宅を往復する毎日で、朝早くから夜遅い時間まで課題は山積み、自宅でもレポートを書かなければならない。彼らは実習が終わって緊張感から解放されて、酒を飲んでハメを外し過ぎたんでしょうね。」

「医学部のラグビー部は、飲み会で過激な下ネタが飛び交うような雰囲気なんです。もともと千葉大医学部生はエリートで遊び慣れていない男子学生が多いのですが、入学してしばらくすると大学デビューというのか、看護学部や近隣にある女子大の学生から急にそこそこモテるようになるので、勘違いしやすいんですよ。」

また、裁判で被告の一人はこんな事を言ったそうです。

仲間の間で女性をモノ、性の対象として見て人格を蔑んでいる考え方が根本的にあったと思う。大学に入学してサークルなどで他大学の子と接して、彼女らはアタマが悪いからとか、バカにして、いやらしい目でばっか見るようになり……という、男たちの中でそういう考え方が形成されてきたように思います。」

 

 2016年の千葉大の事件と、3年後の今年に入って起きた昭和大学の事件。同じ医療に携わる者として、同業者がこのような人道にもとる行為に及んだ事は非常に情けないと感じます。

 今回は、これらの事件が起きてしまった背景を(拙いかもしれませんが)私なりに考察してみたいと思います。

(1) 性教育・人権教育の欠陥

 海外のカリキュラムはどうか知りませんが、少なくとも日本の場合、医学部(或いは看護学部, 看護学校といった専門課程)に入学しない限り、人間の生殖や妊娠・出産(とそれらが人体に及ぼす影響)について詳細に学ぶ機会はほぼ無いと言って良いでしょう。小学校〜高校の保健体育の授業で男女の体の違いについて学ぶ事はありますが、妊娠・出産について踏み込んで学ぶ機会はありません。同様に、理科でも遺伝や動植物の生殖について学びますが、やはり人間の生殖に関して踏み込んで学ぶ機会はありません(避妊方法についても、踏み込んで教わった記憶は私にはありません)。

 また、公民や現代社会, 倫理など社会科の授業では、政府の仕組み・法律や権利等について学びます。しかし、私の記憶する限りでは「同意が無い強制的なセックスは犯罪(人権侵害)だ」と強調して教えられたり、自分や他者, 異性の人権について深く考える機会はありませんでした。ましてや、家庭でもそのような話(或いはしつけ)が不十分であれば、こういった事を意識する事は無いでしょう。

 (2) 人間関係や待遇に対する不満?

 過日、本ブログで紹介した本『日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実』(https://amzn.to/2ToHKUX)によると、日本軍内部では ①老年兵/下士官らが、初年兵らに身体的・精神的な虐待を加える「私的制裁」が蔓延しており、また ② ①及び戦闘によるストレスや、待遇に関する不満が鬱積した結果、はけ口を求めて地元住民への残虐行為に及んだり、軍紀を無視して窃盗・賭博・飲酒後の暴行等に走る兵士が続出したそうです。

本の紹介(7); 『日本軍兵士ーアジア・太平洋戦争の現実』 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 医学部や医局も、戦時中の日本軍と似たような環境かもしれません。私も大学の体育会系の部活に居たことがあるので分かるのですが、部活動では先輩・後輩の上下関係がかなり重視されます。流石に身体的な暴行はありませんでしたが、理不尽な要求を呑まざるを得ない状況もあり、言わば上記の「私的制裁」に似たようなものでした。そして医局内の人間関係も、そんな体育会系の雰囲気を受け継いでいます。

 更に、医療関係者は「患者の人命を扱っている」(と、患者本人や家族によるクレームの)ためそれなりのストレスを感じています。加えて、これまで本ブログで指摘してきたように、医師はほぼ制限の無い残業時間や十分と言えない賃金といった劣悪な労働条件の下働いていました(下記リンク参照)。

厚労省案「医師の残業時間は年間2000時間までOK」の影響を考察する - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

厚労省発表。「医師は長時間労働を我慢せよ」 - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

大学病院・医局制度は地域に貢献しているのか - Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

 これはあくまで私の勝手な想像ですが、人間関係や待遇・労働環境などに対する不満のはけ口を、飲酒や野蛮な性行為に求めた結果起きた事件だったのかもしれません。

 

(3) 最後に

 言うまでもないとは思いますが、職場や部活等でのストレスが、性的暴行といった犯罪行為・人権侵害を正当化する理由には絶対なり得ません。しかし、セックス・妊娠・出産が人体に及ぼす影響に関して学ぶ機会を小児期から得た上で、人権や法律に関する真っ当な知識も持っていれば、このような事件は防げたのでは無いでしょうか。

本の紹介(8); 『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く』

 今日もまた、最近読んだ本を紹介します。前回同様、アジア太平洋戦争に関連した本です。

『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く』 著者; 井上寿一, 講談社現代新書

終戦直後の1945年、首相に就任した幣原喜重郎は、「敗戦の原因を調査し、今後の新日本の建設の際参考にする」ことも志向しました。そして、政治・軍事・経済・思想文化・科学技術等各分野の識者を集めて『戦争調査会』を発足させます。当事者への聞き取りや資料の収集, 40回以上の会議などの精力的な活動を行っていましたが、1946年9月末に、GHQからの横槍もあり廃止されました。この本は、その『戦争調査会』の設立経緯や活動の実態, そして彼らの導き出した結論をまとめたものです。

 この本で扱われている分析を大きく分けると、①なぜ軍部は暴走するようになったのか, ②満州事変と日中戦争の発生・拡大はなぜ防げなかったのか, ③日米開戦はなぜ回避できなかったのか, の3つに大別できます。ここでは、②について取り上げてみたいと思います。

 1931年9月に満州事変が勃発します。当時の若槻礼次郎内閣(民政党)はこれを「外からのクーデター」と捉え、危機に対処する為に野党(政友会や国民党)との大連立内閣を結成して軍部に対抗しようと考えます。しかし、身内からの抵抗などもあって実現せず、若槻内閣は総辞職してしまいました。その後に総理大臣になった犬養毅(政友会)は、当時の大恐慌に対して積極的な政策を行う一方で、満州で好き勝手にする関東軍に対しては無策でした。

 その後の1932年、リットン調査団が現地調査に来ます。実はこの時、日本側は調査団側に好印象を与えおり、報告書も「満州は中国の主権が認められる自治政府に改めるべきである」, 「それは過激な変更でなく、現行の制度を進展させることで可能だ」と慎重な文面でした。しかし日本政府は「満州国の存在が否認された」と解釈し、国際連盟から脱退した上に、中国との関係修復の機会も逃してしまいました。なお満州事変は1932年5月の停戦協定で一旦収束していました。関東軍は当初、満州国の建国だけが目標だったのです。

 その後、意外にも日中関係は徐々に修復に向かっていきます。国際連盟による対日経済制裁が実行されず、欧米が事態の傍観を決め込んだ為、中国が現状への妥協を余儀なくされたからです。しかしながら、日本国内では国家主義を信奉する軍人らによるテロ(5・15事件や2・26事件), 軍部や政界の派閥争いで混乱が持続。その間に、軍部が華北自治体を中国から離反させる工作を勝手にやり、日中関係は再度悪化。遂に1937年7月には盧溝橋事件が発生し、日中戦争が始まります。

 日中戦争の初期、日中双方は和平の機会を伺っていました。日本側にとって北にソ連という敵国が居る中で中国と事を構えるのは得策でなく、中国側(当時は国民党政府)も共産党との内戦を抱えていたからです。同年12月に南京が陥落, 翌1938年1月に当時の首相近衛文麿が「国民政府を相手にせず」と表明しましたが、この間・これ以降も和平工作の努力は続けられていました。しかしながら、同年7月に近衛が「国民政府を相手にしない方針を変えない」・「あくまで蒋介石政権を打倒する」と表明した事で和平の機運は消退。軍の内部でも、戦線拡大に異を唱える上層部が、現地軍の司令官らの反抗(戦線拡大を希望)を抑えられなくなっていました。

 最近、日本の歴史、特にアジア・太平洋戦争の経緯について「自虐史観」というイデオロギーが浸透し、様々なメディアを通して独自の解釈を目にする機会が増えています。しかし、そこには「なぜこんな事態(敗戦や、数百万人単位の犠牲者など)になったのか」を冷静に分析する思考は存在しません。こんな状況で、『素晴らしい日本』や『美しい日本』を後世に残せるのか甚だ疑問が残ります。