Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

我々は、ブラジルに日本の未来を見ているのかもしれない

 またまた、医療と関係ないネタになって申し訳ありません。最近、気になるニュースばっかしなのです。

 もう朝のニュース等でご存知の方は多いとは思いますが、ブラジル大統領選挙に極右のボルソナロが当選しました。人種差別・性差別的な発言が多く、掲げる公約も「治安対策のため銃規制を緩和する」といったもの。しかも、下の'Vox'(海外メディア)の動画によれば実際に、ブラジルが軍政であった時代には将校だったそうです。

www.bbc.com

youtu.be

 なぜこんなヤバい人が選出されてしまったのか?上記BBCの記事やVoxの動画でも述べられていますが、主な原因は次の2つです。

① 治安の悪化:  過去と比較しても、ブラジルの殺人発生率が増加している。米国ですら殺人は5.3/10万人なのに対して、ブラジルは29.9/10万人である。

② 政界の汚職:  前大統領のルセフやダシルバ(いずれも労働者党。ボルソナロは社会自由党)は、政府系の石油会社「ペトロブラス」を巻き込んだ汚職に関与した為に最高裁に起訴された。

 

※下の動画は、その汚職事件の詳細です。

 ペトロブラス石油化学コンビナートの新規建設事業を計画したのですが、建設業者らが競売でカルテルを組んで落札価格を必要以上に吊り上げました。そして、受注した業者は契約した金額の一部を賄賂(つまり、落札の見返り)として労働者党の政治家やペトロブラスの幹部に渡しました。

 この事件に関与した企業は、ラテンアメリカの他の国での公共事業も受注していたため、これらの事業が停止に追い込まれました。外国に影響が波及してしまったのです。

youtu.be

 

 ブラジル経済の減速, 貧富の格差といった因子もありますが、最大の要因は、こういった状況に歯止めを打つどころか、私腹を肥やすような政治家らの存在がボルソナロ大統領の選挙による誕生を招いたのです。

 加えて、以前ブログでも触れましたが、ブラジルはリオデジャネイロ五輪の開催によって財政赤字を招き、自らの首を絞める結果になりました。

voiceofer.hatenablog.com

 私には、このようなブラジルの状況が日本の近未来を映しているように見えてなりません。私見ではありますが、ブラジルと日本の共通点を挙げてみます。

① 政治家・官僚の腐敗:  森友・加計学園問題は、与党や関与した省庁から納得のいく説明はなくうやむや。他に、防衛省の日報問題・障がい者雇用数水増し等の問題が噴出。

② 2020年に東京五輪を開催予定:  大会会場の新設等で巨額の支出・赤字を重ねた結果、教育・医療・福祉といった予算が削られる懸念がある。

ヘイトスピーチ 街頭で平然と外国人排斥を叫ぶ集団がいる。ネット上も然り。

④ 性差別:  東京医大等医学部の女子受験生一律減点をはじめとして、日本には性差別(果ては性暴力)を容認する土壌が残っている。

 2020年の前後で、日本も道を誤れば、トランプ, ドゥテルテ, ボルソナロのようなファシストの如き人間を国家元首に据えてしまうかもしれません。

本の紹介(6); 『人質の経済学』

 安田純平さんの解放がつい先日、ニュースになりました。今回は、それに関連した書籍を紹介したいと思います。

『人質の経済学』著者; ロレッタ・ナポリオーニ, 訳者; 村井章子, 文藝春秋

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news.nifty.com

安田さんはシリアでアルカイダの関連組織「タハリール・アル・シャーム機構」に拘束されたそうですが、『人質の経済学』ではイスラム国を中心に、シリアでの人質事件の背景が述べられています。そこで、まずはシリアの事例を紹介してみようと思います。

 

 2011年、大統領のバシャール・アル・アサドが反政府デモを武力弾圧したことをきっかけにシリア内戦が勃発しますが、それ以降、政権側も反体制派側も、身代金ビジネスに手を染めるようになったそうです。

 まず政権側の事例を見てみましょう。政権軍が反体制派から奪還した地域などでは、警察や軍が一般市民(特に実業家)に「反体制派のシンパ・一味だ」という嫌疑をかけて刑務所へ身柄を拘束した上で拷問にかけます。そして家族には『保釈金』を請求する訳です。このケースでは、腐敗した官憲が市民から身代金を巻き上げています。

 他方、反体制派は多少事情が異なります。この集団内には、当然『ガチ』な集団(例えば、イスラム国家樹立を目指すジハーディストなど)も居るのですが、その反面、いわゆるヤクザ・半グレのような連中(以下、『アウトロー』と総称)も混ざり込んでいたのです。

 反体制派には当初、サウジアラビア, カタールといったスポンサーがついていました。しかし、2013年の春ごろからそうした資金の供給が滞り始めました。すると、資金繰りに困った『アウトロー』どもは(シリアの一般市民はもちろん)外国人ジャーナリストを誘拐し、その身代金で資金を確保し始めます。とはいえ、リソースが乏しい小規模犯罪組織では、身代金を入手するまでの間の人質の管理(見張りに付ける人員, 人質の食料や監禁場所)の確保が難しいので、うわべだけの過激なイスラムの思想を掲げてイスラム国・アルカイダのような大きな組織に合流するか, あるいは大きな組織に人質を売り飛ばすか, のいずれかを行なっています。つまるところ、表向きは『独裁政権打倒』・『イスラム国家樹立の為のジハード』という大義を掲げていても、実際のところは各国の大都市にたむろすギャング, マフィアやヤクザといった連中と大差が無い集団も結構居るのです。

 但し、イスラム国の場合は更に狡猾に人質を活用しています。まずイスラム国は、米英を含む各国のジャーナリストや人道支援活動家らを拘束し、拘束期間中に肉体的・心理的な拷問を加えました。そして、2013年10月にロシア人の人質のメッセージを公開し、その中でシリア政府へ「自分(ロシア人)を解放して欲しければ、シリア当局は収監中のイスラム国の同志を釈放しろ」と述べます。イスラム国は、1. ロシア政府が人質の身代金を払う気が無いこと, 2. シリア政府がロシア人の為に囚人を解放するはずも無いこと, を承知の上でわざと情報を発信したのです。そして、2014年3月に、スペイン人ジャーナリストを身代金と引き換えに解放したのとほぼ同時に、このロシア人の処刑映像を公開してみせたのです。イスラム国の狙いはズバリ、「各国を震え上がらせること」そして「各国政府が交渉を慌てて行うあまり、身代金をケチらなくなること」だったのです。それ以降、スペイン以外にもフランス, ドイツといった欧州各国の市民が身代金と引き換えに解放され、イスラム国の懐には6,000万〜1億ユーロという金額が懐に入ります。

 しかしながら、米国と英国の人質はまだイスラム国の手元にありました。彼らは、憎っくき米英政府(イスラム国には、元々アルカイダにいたメンツ以外にも、イラクの旧フセイン政権の関係者が居た)を挑発する為に人質の命を利用したのです。2014年6月、イスラム国は自分らの国家樹立を宣言し、それ以降もイラク侵攻を進めるのですが、その2ヶ月後に米国人ジャーナリストを斬首する映像を公開してみせたのです。欧米の世論, そして政府は挑発に乗りました。2014年8月末には、当時のオバマ政権はイスラム国及びアサド政権への介入(空爆と反体制派への支援)の方針を打ち出したのです。これで「米国とその同盟国vsイスラム国」という構図が完成しました。その上、欧米諸国の空爆によって、シリア国内の欧米を敵視していた人々が庇護を求めてイスラム国の支配地域に集まってくるようになりました。

 更に、イスラム国はジャーナリストらを解放する時、「自分らの支配体制の内情といった情報を暴露したら、まだ拘束中の他の人質の命がない」と脅迫しました。これは、拘束中の拷問と相まって効果を発揮します。解放された人質らは「シリア国内でイスラム国が勢力を拡大している」という情報を政府や一般市民に公開できなかったのです。その結果、2014年6月の国家樹立宣言まで、イスラム国の実態は把握されていませんでした。すなわち、イスラム国は人質への暴力によって情報統制までやってのけたのです。

 イスラム国の違法ビジネスはこれに止まりません。イスラム国の支配地域は、シリア国内のみならずアフガニスタン等の国々から来た難民が陸路でトルコを経由してヨーロッパに向かうルートに重なっており、難民はイスラム国の国境検問所を通過する際には通行料を納めなければなりません。なお、イスラム国の支配地域以外では、様々な集団が好き勝手に検問を設置して通行料を取り立てているので、イスラム国の領域を通過する場合よりも費用がかかってしまうのです。なので難民と密入国斡旋業者はイスラム国の支配地域を好んで通るようになったのです。そのお陰で、2015年の時点でイスラム国は1日50万ドルの収入を得ていました。更に悪いことに、密入国斡旋業者は金のことしか頭になく、「客(難民)の安全かつ快適な輸送」ということは考えていません。トラックの荷台に難民70~80人を詰め込んで休憩や水も与えず24時間近く走り続け、警察に人を運んでいることがバレないように荷台に防音加工をしています。2015年8月にはブルガリアオーストリア国境付近で難民71人がトラックの荷台で窒息死しているのが発見されました。

 上記以外にも、西アフリカのサハラ砂漠を縦断するルートを利用したタバコ・麻薬の密輸で収益を上げていた自称『ジハーディスト』が、自分の『縄張り』内での外国人観光客誘拐や、アフリカ難民のヨーロッパ密入国斡旋にまで手を広げた事例等、おぞましい事実がこの本では明らかにされています。

 『テロリスト』と呼ばれる集団内には、麻薬密輸に加えて, 誘拐による身代金・劣悪な環境下での難民の輸送といった人を搾取するようなビジネスで暴利を貪る『ヤクザ』・『半グレ』も相当数紛れ込んでいるという事実は、日常の報道だけでは分かりません。この本を通し、私はこれらの驚愕の事実を初めて知ったのです。

本の紹介(5); 『21世紀のイスラム過激派 アルカイダからイスラム国まで』

 前回の記事で、中東情勢について書くと予告しましたが、ちょっと前に興味深い本を購入し読んだので、その本の内容(と紹介)も交えて、私の知っていること, 思うことをまとめていこうと思います。

 まず、件の本ですが『21世紀のイスラム過激派 アルカイダからイスラム国まで』著者; ジェイソン・バーク, 白水社)というものです。題名からお分かりになるかとは思いますが、アルカイダイスラム国が興った背景に関して、目から鱗の事実がまとめられています。正直、新聞やテレビでは滅多にお目にかかれない情報や分析も沢山あり、大いに勉強になりました。

 

(1) イスラムの過激な思想が成立した背景

 まず、この本では、アルカイダイスラム国が依拠する過激な思想が成立した背景を紹介してくれています。その背景を、以下3項目に分けて解説します。

① 欧米による植民地化・介入と、それに対する反感

 西洋による植民地化以前、ムスリムの国家は北アフリカサハラ砂漠以南のアフリカから中央アジア・東南アジアに至るまでの広範囲に存在していました。しかしそれらの国家は、1830年〜1930年の100年の間に西洋諸国の侵略・支配を受けました。西洋の科学技術・経済・軍事の優位性を目にしたイスラム世界は、自分たちの敗因を追究し始めました。加えて、欧米の支配に対する抵抗運動は宗教色が強くなりました。

 そんな中で、ムスリムの内部で様々な派閥が形成されていくのです。欧米のものを一切排除する派閥もいましたが、「西洋の科学技術や政治的イデオロギーを必要に応じて採用するが(例えば、ムスリム有権者を動員して民主的に力を得る。但し、宗教的に不道徳・不適切なものは拒絶する)、その一方で保守的・宗教的な社会観の実現を目指す」という派閥も出現します。この方法論を、イスラム主義』と呼んでいます。

 1960年代までに、中東・ムスリムの国家は独立を果たしますが、その後も欧米の中東への介入が影を落とし続けます。ナチス・ドイツホロコーストを辛くも生き延び、ヨーロッパから脱出したユダヤ人は、パレスチナイスラエルを建国します。しかし、その過程で武力衝突が生じ、多くのアラブ人(パレスチナ人)が家や土地を失って難民となりました。その後も1967年のアラブ・イスラエル戦争でアラブ側は敗北し、喪失感・屈辱感が深まることになりました。

 加えて、イラン(革命前は、「シャー」と呼ばれる君主が統治していた)では1953年にCIAが支援するクーデターによって、民主的に選ばれた首相が失脚させられたため、市民と聖職者の間で反米感情が増幅されてしまいました。これは、後述する要因と並んで1979年のイラン革命の原因となりました。

 更に、1979年にはソ連アフガニスタンに侵攻しますが、時期を同じくしてイスラム世界が侵略に曝された場合、それがどこであろうと防衛の為の戦いに赴くのは全ムスリムの義務である」という思想が普及するようになっていたのです。それに感化され、エジプト, リビア, サウジアラビアといった中東地域から多くの人がアフガニスタンにやってきます。彼らの多くは、隣国パキスタンの拠点で難民に対する人道支援に従事し、アフガニスタン国内に行って戦闘に加わる者は少数だった(多くの戦闘員はアフガニスタン国民。外国人戦闘員はむしろお荷物になってしまう場合が多かった)のですが、ソ連が1989年に撤退したことで次のような『神話』が形成されることになったのです。すなわち、ソ連の撤退は「(イスラム教成立初期のように)真実で武装した少数の信者が、圧倒的多数の不信心者の軍に対して大勝利を収めた実例」の再現だと言うのです。

 冷戦終結後も、米国による湾岸戦争(1990~91年), イラクへの制裁, ソマリアへの介入(1993年), そしてイラク戦争(2003年)は、イスラム世界に西洋による侵略に対する恐怖心を煽ってしまったのです。更に、イスラエルパレスチナ問題でイスラエル軍に石ころだけで立ち向かうパレスチナの若者の映像, そしてイスラエルを擁護する欧米諸国の姿勢イスラム世界の不信感を増幅させました。欧米への反感がイスラム世界に根付いてしまったのです。

② 経済発展と貧富の格差

  近代化に伴い、中東各国では人口が増加していきました。地方では土地が不足したことから、都市部に人口が集中し始めました。地方から流れ着いた人々の大半は、いわゆるスラムに定住します(水道・電気や学校・警察といったインフラが乏しい)。スラムにおいて、同じ村同士だった人々はバラバラになり、伝統的な指導者は権威を喪失しました。つまり、人間同士の繋がりが希薄化してしまったのです。そして、失墜した指導者のイデオロギーに変わるものとして有力視されたのが、上述の『イスラム主義』だったのです。

 加えて、独裁政権による経済成長政策と石油産業の発展は、各国の国民間での貧富の格差を増幅させることになりました。貧富の格差が国民の間で不満を生み、人種差別・排外主義といった不寛容な思想の温床となるのは、今日の米国におけるトランプ大統領の誕生を見れば明らかですよね。

③ 過激な思想を先導した者たち

 イスラム主義者の中に、少数派ながら暴力による社会の変革を志向する者がやがて出現するようになっていました。特に、あるエジプトの思想家は西洋の『共産党宣言』の影響を受けた結果、政治的な圧制でも人種主義的な圧制でも、また同じ人種内における1つの階級による別の階級の支配でも、圧制者の軍を全滅させた後にイスラムは社会的・経済的な新制度を確立し、全ての人が真の自由を享受できるようになる」という理論を導き出しました。今日でも、この思想家の著書は世界中どこでも入手可能です。

 

(2) 過激思想へのサウジアラビアの関与

 さて、最近も体制に批判的なジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏の殺害事件で『渦中』にいるサウジアラビアですが、実は、統治者であるサウド王家が上記の過激思想の発展に関与していたのです。

サウジ政府、「失踪」記者が総領事館で死亡と初めて認める - BBCニュース

 サウジアラビアでは1979年、過激派グループ(サウド王家を背教者と決めつけている)がメッカのモスクを襲撃・占拠するという事件が起きました。時期を同じくして、イラン革命シーア派イスラム主義の台頭)とソ連アフガニスタン侵攻(無神論者の侵略)が発生。これらは、ムスリムの国家であり、スンニ派が多数派を占めるサウジアラビア(サウド王家)の目に脅威と映ります。

 対抗策として、サウド王家は自国に拠点を置き、イスラム教の各宗派の内で最も厳格かつ不寛容・保守的な思想をもつ宗派であるワッハーブ派の思想を普及させることにしたのです。潤沢なオイルマネーを利用してサウジアラビアは世界中にワッハーブ派のモスクや学校を沢山建設し、外国人がサウジアラビア国内の大学で学ぶための奨学金制度が創設されました。ワッハーブ派の思想を伝える参考書も大量に発行され、サウジアラビア政府から報酬をもらう説教師が各国に出入りするようになりました。更に、海外から産油国であるサウジアラビアに出稼ぎに来ていた諸外国のムスリム労働者らは、ワッハーブ派の教義とサウジアラビアの繁栄を結びつけて考えるようになり、母国にワッハーブ派の思想を頒布させることになったのです。

 ワッハーブ派の不寛容な思想は、アフガニスタンタリバン(9.11以前は、サウジアラビアパキスタン, アラブ首長国連邦からアフガニスタンの正当な指導者として認められ、支援すら受けていた)イラク・シリアのイスラム国に見事に受け継がれています。サウジアラビア政府は、自国内の古い神殿(イスラム教が発生する以前の信仰の痕跡があったり、他の宗派の影響を受けている)を破壊して回りましたが、タリバンは2001年にバーミヤンの大仏を爆破しています。また、イスラム国は占領地域で古代遺跡や他宗派のモスクを爆破して回りました。更に、サウジアラビア政府はシーア派を背教者扱いしていましたが、タリバンアフガニスタンパキスタンシーア派の虐殺を行いました。イスラム国も、シーア派のみならずヤジディ教徒に対して虐殺を行い、若い女性と子供は奴隷にして人身売買・性暴力の対象としていたのです。

ノーベル平和賞のヤジディ教徒の女性が、ISISの「性奴隷」にされた地獄の日々 | 渡辺由佳里 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

 

(3) 人道危機の戦犯たち ー サウジアラビア, 米国, イラン, ロシア

 上述の通り、サウジアラビアは対岸で発生したイラン革命を危険視しました。そして、第二次世界大戦以来の同盟国であり、イラン革命後にイランと一転対立関係に陥った米国との関係を深めて行きます。下の動画は、その経緯を説明した海外メディア、"Vox"の動画です。

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 1980年、サダム・フセイン率いるイラクはイランに侵攻し、イラン・イラク戦争が勃発します。その際、米国はサウジアラビアと共にイラクを支援しました。これ以来、イランはサウジアラビアを主体とするスンニ派の諸国と、その支援者である米国を益々敵視するようになりました。

 その後、2003年のイラク戦争でそのフセイン政権が崩壊すると、イラクシーア派スンニ派主体であったフセイン政権の抑圧から解放されます。すると、米軍の占領に抵抗するスンニ派勢力にサウジアラビアが支援し、イランはシーア派に加勢します。イラクは両者にとって、緩衝地帯だったからです。そしてここから、中東でスンニ派サウジアラビアvsシーア派イランの代理戦争が加熱していきます。

 2011年、中東各国で長年継続していた独裁政権に対する抗議運動が続々と発生します。当然、イランとサウジアラビアは首を突っ込んで行きます。そのうちシリアとイエメンでは内戦とそれによる人道危機にまで事態が発展しています。

① シリア

シリア内戦 - Wikipedia

シリア内戦の死者36万人以上、約3分の1が民間人 監視団発表 写真5枚 国際ニュース:AFPBB News

 市民による非暴力的な抗議活動をシリアの大統領バシャール・アル・アサドが武力弾圧したことで、反体制派が武装蜂起し内戦に発展。スンニ派主体である反体制派にサウジアラビアの他、欧米諸国が支援を開始します。

 一方のイランはシーア派であるアサドを支援するため軍を派兵し、自身の影響下にある民兵組織ヒズボラも参戦させます。更に、ロシアも軍を派遣してアサド政権の支援しています。そして、これまで報道されているように、アサド政権軍は反体制派の支配地域に対して無差別攻撃を行い、医療機関を爆撃したり化学兵器を使用するなどして、『21世紀最悪の人道危機』を作り出します。

voiceofer.hatenablog.com

② イエメン

2015年イエメン内戦 - Wikipedia

CNN.co.jp : イエメン内戦、空爆継続なら1200万人が飢餓に 国連

 イエメンでは、アラブの春の影響で2011年に1978年から独裁体制を敷いていた大統領が引退しました。しかし、2015年に暫定大統領の政府(スンニ派主体)に対し、シーア派の一派であるフーシ派が反乱を起こし、これが内戦に発展しました。

 下記の動画(既述の海外メディア、'Vox'が作成)でも述べられてはいますが、イランがフーシ派を支援するのに対し、サウジアラビアは暫定大統領側を支援します。サウジアラビアは自軍を投入してフーシ派の支配地域を空爆し、海上封鎖等でフーシ派への支援物資・人員の到達阻止を図ります。しかし、空爆は学校・病院・住宅街といった場所まで標的にしてしまい、民間人に多大な犠牲をもたらしました。加えて、サウジアラビア軍による封鎖はイエメンに深刻な飢餓を招き、医療物資の不足や衛生環境の悪化によりコレラの大流行が発生してしまったのです。

 加えて、既に述べているように、サウジアラビアを支援しているのは米国です。サウジアラビアは米国製の兵器や、米軍の空中給油機からもらった燃料によってイエメン市民への攻撃を今も続行しています。

 メディアではシリアほど話題にならないものの、イエメンもシリアに並ぶ人道危機であると指摘されています。そして、その人道危機に加担しているのは(イランに限らず)サウジアラビアとその最大の支援者、米国なのです。

www.youtube.com

 

(3) まとめ

 さて、国際社会はこういった人道危機に対して、適切に対処できているでしょうか?答えは日を見るより明らかです。確かに国際社会はシリアやロシア, イランに経済制裁を課していますが、自国民を虐殺するアサド政権に対して多国籍軍ないし国連軍を組織して討伐する動きはあったでしょうか(湾岸戦争リビアカダフィ政権, イスラム国に対しては、あれだけ欧米諸国の軍が動員されたのに)?サウジアラビアに対して、北朝鮮やシリア, イランに対するのと同程度の経済制裁は課されたでしょうか?そして米国はサウジアラビアへの軍事支援を止めたでしょうか?答えはいずれも"No"ですね。

 また、安全を求め中東各地から欧州から流れてきた難民を、非情にも欧州各国の世論や極右政権・極右政治家らは排斥しています。中東を植民地支配し、独立後も理不尽な介入を繰り返した欧米諸国がツケを払うべきだと私は思うのです。難民を保護した上で、難民が生じる原因となった危機的事態の解決の為にあらゆる手段・資源を投じるのが、欧米諸国が果たすべき責任です。

【一部医療関係者向け】大麻について

 久々の更新です。忙しいのに加え、完全にネタ切れでした。でもネタを思いついたので更新することにしました。先に予告しますが、今後記事のネタにしたい項目は2つあります。

 大麻について

 ウルグアイに続き、カナダで大麻が合法化された事が話題になっています。これについて、医療の観点と, 社会的な観点(なぜ合法化に至ったのか等)から自分なりにまとめてみようかなと思います。

カナダで大麻解禁、先進国初 ⇒ 外務省は邦人に注意喚起「手を出さないで」 | HuffPost Japan

 ②中東情勢について

 サウジアラビア政府が、批判的な自国のジャーナリスト、ジャマル・カショギを殺害した疑惑が浮上しています。以前から中東情勢全般につき、思うところがあったので可能な限りまとめてぶちまけたいと思っています。

失踪記者、サウジ総領事館内で斬首か…生きたまま切断との情報も 写真3枚 国際ニュース:AFPBB News

 今日はまず、大麻に関する話題を取り上げます。なお、医療に関連した情報は、"UpToDate"を元に書きました。

 

(1) 大麻の健康への影響

1. 疫学的な話

 2016年のデータではありますが、世界中で1,310万人が大麻を使用していると推計されています。大麻の使用と、重篤or慢性的な疾病, 或いは疾病による死亡の関連性を調べる研究は複数行われていますが、正直なところ関連性は見出されていません。以下、過去におこなわれた研究を挙げます。

 ① 19の研究データに対するsystematic review

多量の大麻の使用(heavy cannabis use)と健康被害の関連性を示すことはできませんでしたが、致死的な交通事故との関連性は示されています。

 ② 2016年のスウェーデンの研究

50,373人の徴兵された市民(18~19歳)を40年にわたって調査(コホート研究)した結果、heavy cannabis use(50回超)と全体的な死亡率に少しだけ関連性があると示されました(hazard ratio 1.4, 95%CI 1.1~1.8)。また、heavy cannabis useと関連性がある死因は感染症, 心血管系疾患, 原因不明の外傷の3つで、これらは18~19歳時の大麻の使用容量と関連性を示しました。

 ③ 米国の研究

3,124人の若い成人をランダムに抽出して13年にわたって追跡調査した結果、大麻の使用(月4回以上)と健康状態の悪化(自己申告による)に関連性は見出せませんでした。

 ④ 電子カルテを用いた研究

大麻使用障害と2010年の段階で診断された患者2,752人と、そうでない患者2,752人を5年にわたって追跡した結果、大麻を使用している患者の方がそうでない患者の2倍、救急外来を受診, ないし入院する傾向が見られました。

2. 大麻使用障害

 『大麻使用障害』という疾患名(診断名)も現に存在します。大麻の使用を継続することにより日常生活に支障を来している状態のことで、具体的には、① 学業や仕事に不調を来したり, ② 以前は楽しんでやっていた活動を放棄したり, ③ 危険な状況で大麻を使用したりといった症状を呈します。大麻使用障害の特徴は、家族らの証言や尿検査等で陽性と出ているにも関わらず、患者が大麻使用による問題を否定することなのだそうです。

 DSM-5に診断基準が載っているので、一部抜粋します。

1. 思っていたよりも大量の, ないしは長期間にわたって大麻を使用

2. 大麻の使用を中止, ないし減量しようと思っても失敗している

3. 大麻の入手, 使用, そして大麻の効果から回復することに長時間を要している

4. 大麻を使用したいという強い欲望

5. 大麻使用の繰り返しによって仕事, 学業ないし家事ができない

etc.

アルコール依存症と似たようなものなのでしょうね。

3. 大麻による急性中毒

 大麻の成分にはdelta-9 tetrahydrocannabinol (THC) というものがあるそうです。思春期の若者と成人の場合、2~3 mgのTHCの吸引, 或いは5~20 mgのTHCの服用は注意力・集中力や短期記憶を障害します。7.5 mg/m2(つまり高用量)の摂取は吐き気, 起立性低血圧, せん妄といった症状を来します。

 小児の場合、大麻成分が濃縮された食品の摂取による事故が頻繁に報告されています。小児が5~300mg(推定)を経口摂取した場合、傾眠傾向, 失調, 言動の変化, 昏睡, 呼吸抑制, 四肢の過活動etc.と症状は多岐に渡ります。摂取してしまった用量が多いほど、症状も重篤化する傾向があります。

 急性中毒の症状をまとめてみますが、小児と思春期・成人では呈する症状が異なるので注意が必要です。

小児:  傾眠, 多幸感, 易刺激性, 頻脈(徐脈の場合もある), 血圧上昇, 眼球充血, 散瞳, 失調, 眼振など。高用量の摂取では、呼吸抑制+昏睡をきたすこともある。

思春期・成人:  頻脈, 血圧上昇(高齢者では起立性低血圧), 頻呼吸, 眼球充血, 口腔乾燥, 食欲亢進, 失調, 不明瞭な言語, 眼振など

 

(2) 社会的な側面

 依存症になる, 過剰摂取すれば重篤な症状が出る, 使用後の運転は極めて危険という点では酒やタバコと似たようなものとも言えます。いずれにせよ、大麻も厄介な存在ですがなぜ合法化する国家が出現したのでしょうか?

 ここで、その背景を理解するに当たって一助となり得る書籍があるので紹介しましょう。

『ハッパノミクス 麻薬カルテルの経済学』著者:  トム・ウェインライト, 出版社:  みすず書房

 米国では2014年に一部の州で合法化されるまで、大麻は違法とされていました。それでも米国人の4割がマリファナの経験歴ありと答え, 年間3000トン以上のマリファナが米国内で消費されるなど、大麻の需要は膨大なものでした。それを満たしていたのは、違法ルートであることは言うまでもないでしょう。長年、メキシコからの大麻が圧倒的なシェアを占めており、これによって悪名高い麻薬カルテルが潤っていたのです。

遺体満載で異臭騒ぎのトレーラー、メキシコ各地から行方不明者家族集まる 写真4枚 国際ニュース:AFPBB News

メキシコ、腐敗進む地方警察を武装解除 犯罪組織が浸透(1/2ページ) - 産経ニュース

 そんな現状に楔を打ち込む試みが、大麻合法化だというのです。いったいどうゆうことなのか、『ハッパノミクス』を引用しつつ説明していきます。

 まず、大麻が違法とされている州ないし国では、バレないように郊外や田舎でひっそりやるしかないのです。そうなると、屋内栽培という手段も多用されるのですが、この場合照明が必要で電力を喰う点がネックとなります。例えば、一軒家を隠れみのにして大麻を栽培している場合、不釣り合いな電力消費量をきっかけにして警察や強盗に尻尾を掴まれるリスクがあるのです。加えて、違法な産業に保険は掛けられないし、強盗に入られても警察に通報することができません。

 一方、合法化してしまった場合、大麻の栽培はおおっぴらにできます。従って、大企業が巨大倉庫を整備して大麻を屋内で効率的に栽培するという状況が米国内で見られるようになりました(当然、犯罪や天災に備えた保険も利く)。更に、米国内では違法となっている州から合法化されている州へ大麻を買いに行ったり、合法化されている州から違法な州へ大麻を郵送してもらったりする事例すら報告されています(当然違法なので、検問等でバレれば没収や逮捕)。

 こうして麻薬カルテルは、合法化された大麻産業というライバルを抱える結果となったのです。この事態に対し、カルテル側は値下げで対応しています。米国コロラド州の場合、医療用大麻は1 gあたり11~15ドル程度・嗜好用大麻は1 gあたり16~20ドル程度です。これに対し、米国内の違法大麻の平均価格は1 gあたり約15ドルで、大量購入によってもう少し安くなるのだそうです。しかしながら、品質では合法化産業側が優っており、違法大麻THC含有量が平均7%なのに対してコロラド州産の合法大麻THC含有量は20%を超えるものが多いのです。しかも、メキシコのシンクタンクの分析によると、メキシコ→米国内の大麻が違法な州の輸送コストが、米国内の大麻合法州→米国内の大麻違法州の輸送コストに比べて割高となっているのです。

 大麻市場に合法企業が割り込んだことで、麻薬カルテルによる独占体制が揺らぎつつあるのです。そして麻薬カルテルの弱体化は、連中の暴虐に怯える市民から(時間はかかりますが)脅威を取り除くことに繋がるのです。