Voice of ER ー若輩救急医の呟きー

日本のどっかに勤務する救急医。医療を始め、国内外の問題につきぼちぼち呟く予定です。

【医療関係者向け】NEJM Case Record; 37歳男性, 顔面銃創

 今回は、久しぶりに論文の和訳(+要約)を載せてみたいと思います。元ネタはNew England Journal of Medicineの症例報告"Case 31-2018:  A 37-Years-Old Man with a Self-Inflicted Gunshot Wound"(N Engl J Med:379;15:1464-1472)です。

(1) 症例提示

 37歳男性

 Massachusetts General Hospital(MGH)に入院する2日前の夜、自宅で大量に飲酒。同日深夜に銃声が聞こえたので妻が様子を見に行くと、酷い顔面外傷を負った状態で床に倒れており、横には半自動式ライフルが転がっていた。本人は意識清明で、頷き等によって意思疎通可能であった。

 地元の病院の救急外来へ搬送され、点滴投与やミダゾラムフェンタニルプロポフォールによる鎮静・鎮痛, セファゾリン破傷風トキソイド投与が行われた。また、甲状軟骨切開術を行なった上で機械的人工呼吸を開始した。なお血中エタノール濃度は178 mg/dL(基準値; <10)だった。更なる加療のため、患者は3次医療センターへ搬送された。

3次医療センター来院時所見:  

 BT 36.2 ℃, PR 97/min, BP 89/73 mmHg, SpO2 98 %(人工呼吸器管理中, FiO2 1.00)。

 下顎の軟部組織と, 顔面左側中部(上唇〜鼻根部)の骨及び軟部組織を巻き込む開放性外傷, 右眼球の破裂。

 尿の薬物検査; メタンフェタミン陽性。それ以外の薬物は陰性。

 CT(下に示すイラストを参照。赤い矢印が銃弾の経路); ① 下顎部に大きな銃弾射入口があり、銃弾の経路に沿って軟部組織が損傷。② 大きな射出口が顔面中部にあった。③ 銃弾の破片(下顎骨に衝突した事による)が、顔面組織に更なる損傷を与えており、右眼球を破裂させていた。④ 顔面中部の骨は粉砕されており、骨の破片は頭蓋内に及んでいた。

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その後の経過: 

 患者は3次医療センターの外科ICUに収容された。その際も、鎮静を切った状態では患者は声かけによって覚醒し、医療スタッフの動作指示に従命が見られた。顔面外傷の洗浄と標準的期間切開術が行われた。同院でも、顔面外傷への治療目的で転院の方針となり、MGHの外科ICUへ入院となった。

 MGH入院時所見; BT 38.4 ℃, PR 86/min, BP 133/80 mmHg, RR 14/min, SpO2 97%(人工呼吸器管理中, FiO2 0.30)。左肺でラ音あり。左前腕内側に斑状出血あり。

(2) 顔面外傷の治療方針

 まず、気道確保が重要となります。この患者の場合、意識清明で補助なしで呼吸がで出来ていました。しかしながら、口腔咽頭領域の出血と浮腫が懸念されたため、甲状軟骨切開術が行われました。

 次に、顔面銃創からの出血の制御が必要となります。特に、頭蓋底の血管からの出血によって循環動態が不安定な場合は注意が必要です。多くの場合、救急外来での局所的な外科的処置や鼻or口腔咽頭のパッキングが有効です。しかしながら、10%の患者はそれでも出血の制御が利きません。その場合、カテーテルを用いた血管閉塞術を行います。

 この患者の場合、出血の制御が出来ていたので顔面損傷治療のため、MGHへ転院となりました。そして転院からの数週間は、損傷ないし壊死した組織のデブリードメント, 脳脊髄液漏出の修復, 上顎骨内固定, 創傷の皮膚による被覆, 胃瘻造設術が行われました。

(3) 自殺予防に関して

 患者の状態が安定した後、本人から負傷した当日の話を聞くことが出来ました。当日、銃を清掃していたそうですが、電話が鳴ったので取ろうとしたところで銃が暴発し、銃弾が顔面に当たったのだそうです。事故の前の時期に、絶望感を感じることも無ければ、趣味が楽しめなくなるということも無かったので、うつ病等を背景にした自殺は否定されました。

 なお、米国では1991年から2016年の間に自殺率が増加しており、半分の州で30%も増加したそうです。その結果、2016年には自殺は米国の死因の10位を占めることとなりました。更に、2015年に自殺で死亡した人の54%は精神疾患の既往が確認されていませんでした。おそらく、① 多くの人が精神疾患と診断されないまま生活しているか, ② うつ病やその他精神疾患以外の因子も自殺の原因となる, 可能性の2つが考えられます。事実、自殺は長期間思い詰めた結果というよりも、衝動的な行動である可能性を示すデータもあります。

 更に、米国では自殺と銃が密接に関連しており、銃による死亡の2/3を自殺が占めています。銃へのアクセスが容易いという点がネックなのです。事実、自殺により死亡する確率は、銃を持っている場合と持っていない場合とで3倍も開きがあるというデータもあります。しかも、銃による自殺の致死率は85%もあるので、1回目の自殺で終わってしまう場合が圧倒的に多くなってしまいます。

 従って、自殺するリスクがある人を銃から遠ざける事が重要となってきます。具体的な対策として、

1. 自殺を行う可能性が高い人を特定する。そういった患者に対して、銃の安全な保管や, 自宅からの自発的な銃の除去を勧める。

2. Extreme Protection Ordersという法律に則り対応する。(自傷他害リスクのある個人から、銃を没収できるという法律があるのか?)

が挙げられます。

(4) その後の患者の経過

 複数回にわたる外科手術の後、遊離腓骨弁による段階的な顎と口蓋の段階的な再建を予定されていた。しかし、MGH入院後24日目の深夜、トイレで突然倒れた。

 院内のrapid responce teamが到着したとき、患者は意識清明であったものの、呼吸困難を訴えていた。その際にバイタルサインはHR 155/min, 収縮期血圧 74 mmHg, RR 26/min, SpO2 90 %であった。その後、急速にチアノーゼが出現し心停止となった。

 患者には入院時より低分子量ヘパリンの予防的投与が行われていたものの、症状等から肺塞栓症が疑われた。心停止を起こし、尚且つ肺塞栓症確定診断が得られている患者には、血栓溶解薬の投与が有効(自己心拍再開と短期的な生存が得られる)とされている。しかしこの患者の場合、ACLS施行中のため造影CT撮影はできず、従って肺塞栓症の確定診断には至らなかった。そのため、血栓溶解薬の投与は行われなかった。最終的に、複数回の心臓マッサージとエピネフリン投与に関わらず、患者の心拍再開は得られず死亡した。

 死後、患者の解剖が行われた。肺動脈幹の分岐部に大きな血栓が認められた(肺塞栓症)。組織学的には、血管壁と血栓の界面では反応が見られなかったことより、(血栓が詰まってから)すぐに死に至ったと考えられた。

 また、左大腿静脈にも血栓が認められた(深部静脈血栓症)。こちらは血管壁と血栓の界面で反応が見られており、血栓は出来てから1週間程度経過していたと思われた。

 

 不幸にも、このcase recordの患者はヘパリンによる予防措置にも関わらず、深部静脈血栓症になっており、それが肺塞栓症とそれによる急死へ繋がったのです。

 

(5) まとめ

 この症例の場合は自殺ではありませんでしたが、米国の自殺と銃の関連性の深さには驚きました。メディアで話題になるのは乱射事件(こっちも多すぎる気がしますけど)ですが、身近にある凶器であるが故に自殺にも用いられるのです。考察では、「銃を安全に保管する」・「法的手続きで銃を没収(?)できる」といった対策が提案されていましたが、「いやいや、まずは巷に銃が出回っている状況をどうにかしろよ」と思いました。